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2009年 08月 31日
(アカウンタビリティの)問題は公務員じゃなくて議会にあるのでは(追記)
昨日、東京から来た友人と話して気づいたことのメモ

公務員はムダが多いと批判されるけど、ほとんどの公務員の人は一生懸命働いているだけ。
問題なのは、予算を通した議会であって、本来はそっちが批判されてしかるべきだ。

なるほど。
会社でいえば、結果責任を経営者が負うのと同じでは。
たとえば、極端な話「ダムを100個つくる」という目標が設定されていたら、「70個」つくるより「90個」作る努力を現場はすべきだ。当然の話で、それをやって現場ばかり非難されるのは道理に合わない。

そういえば、四国で公務員で働いてる先輩に、一般論として「税金を使う根拠を100%合理的に説明することは無理」とかるくいったら、とても怒られた。
「ちょっとでもすぐ批判される。だから小さな工事一つでも、批判されたときにはちゃんと説明できるように準備している」それは切実に話していた。

本来は、そういう説明責任より、より効果的かつ効率的な運営に力を注ぐ方が健全なはずだ。

その根は、議会に政策立案能力がなく、行政が政策立案と執行の両方を兼ねているなんだけど、これはじゃあ、お金はどうするのって言う話。

一つの現実として、少なくとも地方議会は(なにもしていない)議員が多すぎると、ある若手議員は入っているのを聞いたことがある。
200人なんていらないから、4人にして、それぞれに優秀なスタッフを雇うお金を出すべきだ、と。

4人がいいかはわからないが、議員は多すぎるし、
なにより、「公務員批判」ばかりで、より本質的であるはずの「地方議員批判」がでてこないのはおかしな話だ。

(9月3日 追記)
あまりに雑な議論だったので。
話題を広げている割に、知識もないのに

この投稿で言いたかったのは、

アカウンタビリティ(説明責任)が強調される余り、行政の現場に理不尽な負担がかかっているのではないか
ということと、
予算を承認した議会にも説明責任があるはずなのに、そこは余り問われていない

ということです。

(9月4日 追記)
さらに、メディアは、何か起きるとその一面だけ取り上げてヒハンするのが大好きなのだけど、物事にはいろんな側面があって、すぱっと「こうすれば良い」など言うものはないのであって。

正解がないから、議論して、これでいきましょう、となるのであり、
そうやって議論して予算は決まったはずであって、その議論の過程こそが本来、説明責任を果たすべきなんじゃなかろうかと。

かなり建前論のような気がしますけれど、
現場は決められてことをやってるのに、その結果だけを見て、おめらはダメだダメだと責める経営って最悪なんじゃないかと。
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by taiji_nakao | 2009-08-31 23:30 | 考え事
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