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2010年 02月 20日
スポーツ選手とマスコミと
家にテレビがないから、大臣まで便乗発言をしていたのは知らなかった。
スノーボード選手のこと。

少し話を聞くに、もう、批判をしてるマスコミは対象のことは別にどうでもいいと考えてるんだろうなって思っていた。

並外れたエネルギーと情熱を注ぎ、創意工夫して、そうやって活躍しているとか、そういうことはどうでもいいんでしょう。単に、「公人」の「不祥事」を探し出して、叩く。

例えば、今思ったのですが、「マスコミ栄誉賞」とかつくって、応募してもらえばいい。
中身はいらないから、ある程度褒め称えておいてから、揚げ足取って、叩く。
もう、それだけですね。
あ、それ、すでにやってるか。

そんなくだらない揚げ足取りで、現実を生きてる人たちの邪魔をしないで欲しい。

この件で、フリーペパーScrapの編集長の加藤隆生氏の記事に共感しました。
スノーボーダーの服装についての見解

これを読んで、そういえば大舞台の本番前にあんなにされてたんですよね。
そんな状況なら、大臣は、「見守ってあげましょう」とか言う立場だと思うのですが・・

日本人には個性がない、とか、嘆かれることが多い。
マスコミをみていると、「個性がない!!個性がない!!」
と言いながら、頭をだしてくると、グーにして全力で殴りつけているようだ。

モグラたたきのように、出てくる瞬間に叩きながら、「個性がない!!!もっと自分を出して!」
とか言っているようで。

寛容さがない。あるいは、対象へのまなざし。或いは、愛とか情熱。それがあったら、批判することがあっても全然違うと思う。

まるでロボットみたいに揚げ足取りしている。

精華大学で日本語リテラシーという、つまり作文の授業をやっている知り合いは、この頃の学生はみんな「空気を読むことに疲れている」と書いてくると言う。

マスコミに限らず、そんな時代の空気ができているんだろうか。

そんなの、嫌だよなあ。

寛容さというのは、当たり前だけど、受け入れる側にちょっと負担がある。
その瞬間は。
大事なのは、その対象が、それまでにコミットしてきたことを想えるか、かもしれない。

とか、書いている自分もまだまだですが。
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by taiji_nakao | 2010-02-20 08:34 | エッセイ
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