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2011年 06月 19日
原発について考えたことのまとめ
今、日本に住んでいたら原発のことを考えずにいられないのは宿命かもしれません。
私なりの、今考えていることのまとめです。
ご意見、歓迎です。

1 日本で安全に原子力を管理するのは無理と考えるよりないでしょう

今回の事故で日本の原発の運営者である電力会社のずさんさが随所で露見し、安全を検査すべき立場である国の機関は全く機能せず、さらに、それらの現状を世間に知らせる立場にあるマスコミも偏った報道をしている。どれもが、住民の安全を守ることを優先していないし、優先しようとする動機を持ちにくい構図にある、ということがはっきりしてしまった。

その構図をこれからは一新します、というなら、例えば震災直後にメルトダウンが起きているのではと言っている人たちをキワモノ扱いしたメディアは、しっかりをお詫びをするべきだが、それが事実だと発表されてなんら反省している様子はない。

例をあげるのもきりがないけれど、日経新聞には放射線のデータが毎日載っているが、今週になって地上1mでの測定値が載るようになった。今までは、2m〜80mだけだった。80mって、鳥のことを心配しているのだろうか。しかも、未だ値の高い福島市では1mで測定されていない。

客観的にいって、この状況で信頼しろというのに無理がある。

経産省が安全性を確認した、と発表しているけれど、信頼できない機関が安全を宣言したって何にもなりません。


2 脱原発と自然エネルギーは別の話では

2008年のデータですが、火力66.1%、原子力24.0%、水力7.1%、その他2.8%
ということです。
現時点で火力発電が最も、発電能力があるのでしょう。
 今年原発を止めたら代替エネルギーとして最も有効なのは火力発電のはずです。でも、不自然なくらいそのことが話題にならない。

東電が計画停電をせざるを得なくなったときも、地震の影響で火力発電でも動かせないところがあったようで、それも停電の大きな要因だったはずです。でも、全くと言っていいほどそのことに触れない。

そして、逆に2.8%しかない自然エネルギーで今年とか来年とかのエネルギーをまかなえるとは思えません。やろうとしたら、相当無理をしなければならないでしょう。

少なくとも数年の単位では火力に頼らざるをないでしょう。
その後、別のエネルギー源を開発し、代替していくことになるのでしょう。

でも大事なのは、ドイツやイタリアのように方針を先に決め、短期的、中長期的な方針を決めていくことです。

なんだか今の議論の多くは、
「自然エネルギーと原発」の二元論になっていて、時間スケールが考慮されていなくて、特に短期的な火力発電についての言及がないものが多いのがとても不自然です。


3 世界にとって原発が最も有力な発電方法であったとしても反対する

例えば、原発は数ある発電方法の中で最も死者の数が少ない、という主張があります。
私は最近までこの事実を知りませんでした。考えさせられる視点です。
また、ドイツとイタリアで脱原発が国民投票で決まったが、原子力の割合が大きいフランスから輸入している、ということをどう考えるのか、ということにも同じようなジレンマがあります。
 
ただ、そうした批判の一つの、皮肉で書いた記事
「全国の原発を即時停止せよ」
http://agora-web.jp/archives/1333634.html
を読んで、気づいたことがあります。

それは、人は、まず自分の暮らしのことを考える。次に、自分の大切な人たちの暮らしを考える。それが第一である、ということです。
その範囲をどんどん広げていこうということが、人類の大きなチャレンジなわけですが。

自分の外部のことはどうでもいい、などとは言ってはいけないと思います。しかし、自分や自分の大切な人の暮らしが脅かされている中で、その状況を生み出す元凶を無くして欲しいと主張する権利は誰しも持っていて、そしてそれは人間の根本的な権利ではないでしょうか。

上記のブログの、「いのち」というものは、無機質な数字に成り代わってしまっている気がします。

また、この種のロジックを展開する人は日本経済への影響を懸念しています。
その点は私にもわかります。

しかし、前述のロジックを適用すれば、経済が停滞すればもっと失業者が出て自殺者が増えるというけれど、経済活動は基本は競争ですから日本が強くなれば相対的に負ける国があるわけでしょう。その国の失業者が出るのはかまわないのですか。「日本経済が繁栄することが世界経済にとって有益か」というような反論も可能になるはずです。

日本の経済を憂う人がそんなことを言われたら、「そんなこと言ってる場合か」と考えるのではないでしょうか。

繰り返しますが、自分たちだけ良ければという姿勢が正しいわけではないです。
でも、生きていく上ではまず自分たちのことを考えなきゃならない。その上で、全体解を探っていくというのが手順でしょう。

 
4 原子力にイノベーションが起きても建設を検討すること自体に反対する

 仮に例えばビルゲイツが投資しているという新しい技術の開発がうまく言ったとして安全性のきわめて高い原子力発電所を建てることが可能になったとします。
 それでも、私は導入を検討すること自体に反対します。
 
 今回のような事故が起きる前からも原発の反対運動は一定の力を持って起きていましたが、今後はもっと勢いを増すに違いありません。その状況下で建設を強行するというのはどういうことになるのでしょうか。

 原発を建てると見舞金のようなものが毎年電力会社から億の単位で払われるそうです。
ですから、推進派の多くは経済的なメリットを受ける人、という構造になるでしょう。
もちろん、例外もあるでしょうが、「反対意見を持つ大勢の集団をお金を使って静かにする」という構図になるのは間違いないでしょう。そして、それが今まで以上に過激にならざるを得ない。

 しかし、そんなことになれば、その地域はぼろぼろになってしまうでしょう。目的がどうであれ、「紛糾するとわかっている提案を投げかけて、住民の支持の小さい勢力を支援する」というのは、スパイの破壊工作そのものだと思います。しかも、その資金は電気代であり税金であったりするのです。そんなことはやめてもらいたい。

6.19)一部改変
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by taiji_nakao | 2011-06-19 08:38 | 考え事
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