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2005年 05月 01日
自主的な団体に大切なこと
 先日、神戸市で行われ、主にまちづくりに関わる(主に)学生団体が集まった交流会がありました。主催した、3団体は非常に活発で、中には賃貸の事務所を持っているところもあり、刺激をたくさん受けてきたのですが、そのなかで、お金に関する議論があり、

*しっかりした活動をしているなら、お金は、取る気になれば取れる。しかし、その気がないように見えるがどうか?
*人件費も支払い、継続性がある活動でなければ、活動の恩恵を受けている人たちにとっては、むしろ迷惑になるのではないか?

という問題提起がありました。

*お金のこともきっちりしていきたい。
*自分たちがどこまでできるかを事前に知らせることは大切だが、必ずしも人件費の払えるような活動であることより、自分たちが楽しむことが重要だ。
*スタッフの費用(交通費等)は、自己負担にしている。それは、スタッフ自身が自分のため(成長、楽しみ)に来ているからだ。

といった意見がありました。

私はその場では答えられませんでしたが、このあたりの議論は日ごろからよく考えているところなので、

*1 自主的な団体(市民団体。学生団体)にとって、「その成果」も大切だが、むしろ「活動のプロセス」の方が大切である。

*2 成果に責任を持つということを重視しすぎると、成果が見込まれなければできなくなりがちになって、活動が限定される。

*3 こうした団体(以後団体)には、発達段階があり、いきなりお金の話をするのは適切でない。また、学生団体には発達に限界がある。(そして、本当に最近、この壁を越えようという動きが活発になってきているが。)

という視点から書いてみようと思います。

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 まずは、*1 つまり、成果よりプロセスが大事だということです。

 別の言い方をすると、お金で評価されうる、客観的な結果よりも、
必ずしも客観的には評価されないかもしれないが、メンバーやそこに関わった人たちにとって意味のあること(楽しかったり、充実していたり)であることのほうが大事だ、ということです。

 おそらく、上の*1~3で一番、議論の余地のあるところでしょう。

 今の世の中の大きな問題として、現在お金で評価されることしか大切にされない、ということがあります。

 これを解決するにはまず、現在お金として評価されていないものに金銭的な価値を与えるようにしていく、というのがあります。
 社会的企業、NPOというのはそうしたアプローチでしょう。
 今回の問題提起も、そうした観点からのものと言えるでしょう。

 しかし、もう一つのアプローチに、「お金でどうかはともかく、そのもの(団体の活動や製作物など)に価値を認める」というものもあります。
 活動が楽しい、自分が大切にしたいものを大切にできる、とか、そういうことです。
 
 お金に換算することそのものが不可能なものもあります。あるいは、本来換算すべきではないもの。

 現代人はとかく、「客観的評価」を気にします。それが、いくらの価値があるかということを第一に気にします。(お金を全て否定する気はありません)

 が、例えば、趣味の話とか、自分の時間、自分の服・車などが、「いくらの価値があるか」ってのは、一番重要なことではないはずです。

 一番重要なのは、本人がそうしたいか。それで満足かということでしょう。

 団体にとっても、まずはそこに参加している人が幸せか、というのが一番に来るべきだと思うのです。

 そしてその場合、これは個人差(ある人は、とにかく仕事をバリバリ進めたがり、ある人はゆっくり楽しみたいなど)があるのですが、その際、プロセスが大切だと思うのです。

 結果、一日3本の苗しか植えられなかったとしても、そこに来た人が自分の手で植えたこと、その木のことをちょっと学んだこと、植えてから深呼吸して目の前に広がる景色にうっとりしたこと・・・

 もし、結果しかみなければこうしたものは全部そぎ落とされてしまいます。


 「それは自己満足ではないか?」  という問いも当然あるでしょう。
 
 文字を素直に読めば、その通りを意味しています。本人が満足しているのです。それは大切で、素晴らしいことです。

 でも、もちろん、ここには、「他人に迷惑がられて」という前提があります。

 難しい問題ですが、

 関わる人と、コミュニケーションを重ねていき、自分に非があると思ったら、素直に認め、改善することを続ける。

 しかないでしょう。広義には、お金をもらうこともコミュニケーションの一つです。

 自分たちが、良かれと思ってしていることが本当はそうでなかった、ということもありうるでしょう。そのときは、素直にそれを認めて、改善する。
 
 コミュニケーションの例としては、「誰かのためにしている」団体の場合、「私たちはここまでしかできないし、あるいは、するつもりはない」ということも含まれます。やや、冷たい印象を与えそうでも、ちゃんと伝えるべきこともあります。

 私の所属している、山仕事サークル 杉良太郎ではいつもこのことに気をつけています。私たちの活動は作業ですから、山主としても助かるわけで、期待されてしまうところがあるのですが、あくまで、「作業を体験すること、より多くの人に体験してもらうこと」を目的としていることを、伝えています。

 期待させて、その気にしておいてから、「やっぱり無理です」というのはやってはいけないことです。
 

 結論として、

 自主的な団体にとって一番大切なのは、メンバーが幸せであるということ。
そのためには、プロセスを重視する必要があるということ。
 その場合、自分たちが良かれと思っていることが本当はそうでない「自己満足」に終わってしまう恐れが常にあるけれども、その対処法としては、常に関係者や幅広い人との対話を続けることしかないと言うことです。

今日はここまで。
 
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by taiji_nakao | 2005-05-01 19:36 | 考え事
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