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2005年 05月 05日
お金とは?儲ける事は善悪で評価できるか?
 「お金って何でしょう?儲ける事は善悪で評価できますか?」

という問いをtarudattebaさんからいただきました。

 コメント欄では書ききれないので、ここで書くことにします。

 お金とは、

 「現在の社会において、価値を生み出したことに対する対価」
だと思います。
 
 儲ける事は現在の社会に一定の価値を生み出し、それが評価されたということです。

 これ自体は善くも悪くもないことです。「価値を生み出し、評価された。」それだけです。
 
 ここで考えなければならないのは、

 第一に、あくまで「現在の」社会においてであることです。その現在の社会システムには問題も多いので、必ずしもフェアな評価でなはありません。

 第二に、評価の基準です。

 物事は3つのアプローチ、客観的、主観的、間主観的 があること。どのアプローチに対しても、他のアプローチの側面は持っているが、それら全てを他のアプローチに還元することはできない。

という、ケン・ウィルバーの考えを援用すると、
 評価も、客観的評価、主観的評価、間主観的評価があるわけです。

 したがって、生み出された価値の評価もこの3つの基準からバランスよく評価されれば問題ないのですが、実際はそうではありません。
 
 そもそも、普遍的な価値をもつお金は、客観的であることが求められます。

 とはいえ、お金の価値を決めているのは、人間なので、客観的評価だけでなく、3つの基準が幾分か統合されて、評価されています。

 しかし、グローバリゼーションの進行は、「客観的」評価だけにしてしまおうという圧力をかけています。グローバルスタンダードと呼ばれる、この「客観的」も、実は恣意的なのですが・・


 つまり、客観的評価である、お金の評価「だけ」を求めるという行為に問題があります。

**

以上を踏まえて、

 「お金って何でしょう? 儲ける事は善悪で評価できますか?」

「お金とは、現在の社会において価値を生み出したことに対する対価」であり、

 *1
「ある行為に対して、対価を払う、現在の社会システム自体が善か悪か」という評価はできる。

例えば、何もしないで、利子だけで莫大なお金を手にするのは、悪だと考えます。


次に、仮にそのシステムはそれでいいとするなら、
*2
「その方法で儲けるという行為を選択したことが善か悪か」という評価ができる。

 そこでのポイントは3つの側面、客観的、主観的、間主観的側面をバランスよく勘案したか。もっというと、主観的、間主観的側面はお金としては評価されにくいが、それでも選択する上で尊重したかということです。
 
**

 客観的、主観的、間主観的という言葉はわかりにくいので補足です。

 例えば、私は今日だんのういちに行って、そこで京大の院生がお世話になっているという農家で今日取ってきたと言う、大根菜という野菜を買ってきました。

 この野菜の評価を上の基準に従って分けると

*客観的評価

 新鮮である、量もまずまず、見栄えも悪くない、珍しい

もっと小さなレベルまで還元すれば、

 ビタミンX、~(よくわららない)が~グラム含まれている
 食物繊維~ エネルギー~カロリーなど

*主観的評価

 私は大根の葉っぱが好き 

*(間主観的と主観的ははっきりわけられない)

 同じ大学の同じ学部 話していて、何か買いたい気に 
 地域の野菜 こうしたイベントが盛り上がって欲しい

ちなみに100円だったので、私の中でこの評価を総計するともう少し払っても良かったです。
(って、どれくらいまで払ったかとなると・・難しいですが)


 
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by taiji_nakao | 2005-05-05 01:29 | 考え事
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