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2006年 01月 31日
新聞
 4ヶ月取っていた新聞、今日でおしまい。

 4ヶ月前に販売店の人がやってきて、(ちょっと新聞家で読んでみたいな)と思っていた頃で、しかも就職先に新聞記者というのも考えていたから、「安くするよ」「とりあえず一ヶ月」の言葉につられて、取り始めた。
 こういう人間がいるから、訪問販売は絶えないのだ。

 やはり、家で読めるというのはなんだかいい。毎日読むし。

 1ヶ月が過ぎた後、「一ヶ月分勉強しますから」という言葉につられ、三ヶ月の契約を結ぶ。

 新聞は、最近低調気味である。ネットを見ればわかる。情報はいっぱいあるもんね。新聞社自身もかなり充実したページを持っているし。
そういうこともあって、「これから新聞はどうあるべきか」ということを日曜版で特集していたことがあった。その中での「にちゃんねる」のひろゆきが、「新聞を読む必然性が必要」と言っていたが、なるほどと思った。(当然の話なんですが)

 そこで、自分なりにも考えてみたが(何しろ新聞記者になる気でいたのだ)、それは取材のみを仕事にする記者の存在にあるだろう。と思う。

 よく、メディアは中立であるべきだという議論がある。本質的なことはその通りなのだが、言葉どおりの中立であったとしたら、それはつまり、インターネットのような状態になるということだ。読みきれないほどの、そして無駄な情報で溢れるのである。
 
 なぜ自分がお金を出してまで新聞を取るのか、と言えば、
取材のプロフェッショナルの「フィルター」を通して世の中を見たいからなのだ。だから、ちょっと大げさに言えば、記者の持つ専門性、現状に対する分析・把握、未来へ対する展望、そして的確な切り口に惹かれるからこそだ。

 しかし、実際はどうだろうか??

 ここ三ヶ月の間で一番興味深かったのは、大阪市の助役の大平氏が議員から不当な圧力を受けていたという独白の記事である。
 それまで口を閉ざしていた大平氏が、朝日新聞に独白した、という形である。この、立場の弱い者が、しっかりと自分の意見を社会へ発信できるところは新聞の一つの存在価値だなあと思う。

 さて、それから数日後に、その指摘を受けた議員の一人が反論する記事が載った。その記事を見つけたときはすぐに飛びついた。が、
内容は、大平氏が「議員は~な嫌がらせをしてくる」ということに対する、そのことの意味を説明したものや、自分がしているのはそんなことだけじゃない、というものだ。
 そして、インタビューがまるまる載って終わりである。記者のコメントは一切なし。

 どんな行為にも、社会的に評価できない面もあれば、評価できる面もある。そんなことは言われなくてもわかっている。それに、この議員が「まっとうな」仕事をしているのは、議員として当然で、そんな具体例を聞いたところで何の役にも立たぬ。これでは子供の使いではないか・・・
そこには、記者自身の取材や知識、認識に基づく判断が何もないし、それを感じる質問もない。


 もっとがっくりきたのが、「ホリエモンショック」である。
ホリエモンが逮捕されてから数日後、一面に「ライブドアの軌跡を探る」という記事が載る。
なんと白々しいことか!!

 ホリエモンは登場してから、もう長く続くというのに、このタイミングで出てくるということの意味は、①情報操作 か②取材力不足 と考えるよりないと思うのだが、まさか天下の朝日新聞が警察が発表するまで、ライブドアの現状を把握できなかったということはあるまい。

 となると、①か。どう考えても、今回の茶番は展開が速すぎるし、背後で何かあるのは間違いないとして。「財界は去年12月にホリエモンを迎え入れた」(これは、奥田会長がこのことが軽率だったとコメントしたニュースを聞いたので) 「政府も全面的に応援していた」あたりから推測すれば、「おおきなちから」は当然堀江氏の弱点を知っていたが、(まだまだ利用価値あり。もう少し泳がせておこう)と考えていたに違いない。

 となると、新聞はその「おおきなちから」といったいとなっているということである。まあ、こんな話当然ですよってなもんかもしれませんが。

 がんばっている記者の方は多いと思いますが、読者としてのちょっと早急な結論は、

このままいけば、月3700円だして新聞を読む必然性は、ない、

ということになりそうです。


 
 
  
 
 
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by taiji_nakao | 2006-01-31 22:54 | 考え事
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