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2006年 03月 08日
幽霊はいるにきまってるさ
昨日、僕も含めたとある4人で、幽霊について話していた。

その一人は、小さい頃、寝ているときに見えない何者かに足を引っ張られたこと、布団の上に、「しろいもの」が覆いかぶさってきたことを体験した、という話をした。
BGMには、ちょっと怪しさをかもし出す中国の弦楽器音楽が流れていた。

もう一人は、よく見える、らしい。そして、例えば、「そのもの」は近づいてくるという。彼女に近づいてくると、やがて、手のひらの中に玉となって、消える、という。本人の表現を借りれば、「消す」。そして、もう一人の彼女の友人は、よく「つれてくる」から困る、という話だった。

普通、「そのもの」は白くて、色がないらしいが、たまに赤、それもどす黒い赤が見えることもあり、このときは、恐怖を感じるという。あるとき、その友人に、血が乾いたような、どす黒い「そのもの」が取り付いており、そのままでは「消せない」ので、その上に覆いかぶさって消した、という。
それは、とても恐ろしいことだったに違いない。





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私は、お化けはいると思う。幸か不幸か、私はそういった類の経験はない。
子供のころ、そういう番組を見ていて、怖かったくらいである。

だけど、これだけの人がみんなうそをついているとも思えないし、それに、死んだらサヨウナラ、ってことはないだろう。死んだ後、また何かに生まれ変わる輪廻なのか、あるいは、天国や地獄に行くのかはわからないけれど。

中学時代、ある先輩が次のような理屈で、「おばけの非存在性」を証明していた。

1.どこでもいける彼らなら、エッチが見放題のラブホテルによく行くはずである
2.しかし、おばけがラブホテルに良く現れるという話はほとんど聞かない
3.ゆえに、おばけは存在しない

エロい話が大好きな、中学生らしい発想である。

ところで、この話は示唆に富んでいる。
というのは、お化けに対して、われわれ「こっちの世界」の人間は、「こっちの世界」の感覚で物事を考えがちということだ。
まあ、おばけは肉体がないのだから、性欲もないだろう。とも思うが、この感覚だってそうなのかはわからない。欲情に燃えるおばけもいるかもしれない。


例えば、昨日話しているとき、「こういう雰囲気だと、でてきそう」という話になったが、私は、それはちょっと疑わしいと思う。
たぶん、多くの人が言うように、おばけが出てきやすい雰囲気というのはあるのだろうけど、おばけがそういう場所に好んで出てくるのかは、わからない。

おばけにとって、こっちの世界にくることは、側溝に足を落っことしたようなことかもしれないし、場を盛り上げようとしたら滑って、気まずくて「穴に入った」のかもしれない。
とにかく、お化けのことなどわからないのだから、それを「こっちの感覚」でわかったように理屈づけることには違和感がある。


あっちの世界のことを話す人は、

1.そういう経験をした
2.それらしき経験をした
3.(何か人に言われてみて、)そうとも取れるかもしれない経験をした。
4.そういう経験を全くしていない

という感じだろう。もっとも、1~3には本質的な違いはないかもしれない。
ただ、世の中でさかんに「あっちの世界」のことを喧伝している人は、多分1から始まったのだが、だんだん4になってきているのではないか。

だから、うさんくさい。そして、その説明が、さっき書いたような違和感を伴えば、私はテレビを消す。(本を閉じる)
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今日の話は。
心理学を勉強している人だから、自分のなかにある深層心理とどう結びついているのかを考えていると思ったが、(1回生ということもあるだろう)、その種の分析がなかったので意外だった。

おそらく彼女には見えているのだろう。
しかし、理解者が少ない中で、そのことについての特殊性に対して、ややゆがんだ誇りをもっていて、そして、それをそのまま受け入れる友人とともに、「そのもの」を自ら生み出す、ということになっているのでは、なんて考えていた。

さっきの違和感の話は、客観的側面の話だが、ここでは解釈、本人の精神世界と全く無関係ということはありえない。

この辺の話もしていて、一人はお坊さんの知り合いがいて、私は、去年ケンウィルバーにはまっていたから、マズローの欲求段階の自己実現のさらに上に、自己と他者との合一があるのだ、なんて話していたが、今回は省略する。

そんな話をした後、地下鉄に乗って、就活の面談をしに大阪に向かった。
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by taiji_nakao | 2006-03-08 09:55 | エッセイ
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