<< 小島さん 入り口であり、ゴールである >>
2006年 05月 25日
思わず目が涙で潤んだ話
どういうわけか、小・中学校時代はクラスとなじめなかった、という人が周りにけっこういる。

ある人は中学時代に、一人に対して、周りを囲まれ、けられる、といういじめをうけた。

それを聞いた親が、教師に抗議したところ、「~さんに問題がある」と取り合わない、まあ、よくある、こまった教師のパターン。

その親は怒って、いまでもその教師に怒りを覚えるというが、
帰った後、その人を抱きしめて、
「たとえ、学校のみんなが敵だとしても、お母さんは味方だ。」
と言ったという。

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一言で言ってしまえば、教師の度量が小さかったということなのだが、
そのクラスにその人を受け入れるキャパがなかったということなのだが、
大事なのは、誰か受け入れてくれる人がいるということ、なのですね。

存在自体は、価値があるとかないとか、いいとか悪いとかの前に
まずいったん受け入れる、
ということが、難しくも必要なことなのですね。
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by taiji_nakao | 2006-05-25 23:44 | エッセイ
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