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2006年 06月 17日
糸井重里がすき
糸井重里がすきです。

「ほぼ日刊イトイ新聞の本」を読んだあたりからは病み付きです。
ほぼ日刊イトイ新聞のウェブサイトにいったこと無い人はぜひ。
わかりにくいですが、下のほうにコンテンツがたくさんあります。

このメルマガはお気に入りで毎回よんでます。
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「経験を盗め」という本(糸井さんと、さまざまなゲスト2人の鼎談集)の中で、さりげなく言ってますが、

「何人ということに関係なく、自分たちがいちばんやりやすい方法、楽しい方法を選んでやっていく時代が、もう来てるんじゃないかって」

という言葉に代表される彼の感覚に、そのまま共感してしまうのです。
うんうん、そうだよなあ、と。

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「話を聞く技術!」  永江 朗 はかなりお勧めですが、この本に出てくるインタビュアーはみんな、自分で創意工夫を重ね実績を上げている人ばかりなわけですが、自分のことをプロじゃないから、、というんです。じゃあ、プロってなんなんでしょう?

それは、「一定の時間内に一定の質の仕事を確実にこなす」ということを第一定義とする人、だと思います。なにしろ、それでお金をもらっているわけですから。
それは、大変なことなのです。

「一定の時間、一定の仕事」を第一に持ってくるなかで、一定の優れたプロセスが完成していきます。標準化です。これは必要な工程です。
そして、一般的に、それらの各工程の仕事を習得する時間もわかってきますし、そうすると、何年めはどの仕事、とかいう分業が進む。そして、階層も生まれる。
そして、権威ができて、そこに認められた人がプロ、ということになる。

前述の「話を聞く技術!」にでてくる人たちは、つまり、自分はそのような中にいないですよ、といっているわけです。
これは、結構大変なことです。
なにしろ、「一定の時間で、一定の仕事をこなす」かどうかわからないという、リスク。
そして、自分で開拓する努力と創意工夫がいる。
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言うのは、簡単ですが、それを実践しているから価値があるわけです。
糸井氏の場合、コピーライターとして売れっ子だった。
もう、番付にでるくらい。

それなのに、その仕事をするよりも、新しいウェブサイトを立ち上げることに全力を注いだ。
それが、楽しい方法だったから。

ぜんぜん、最初はお金にならないのに、とにかくそれを続けた。
そのあたりが、すてき。
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権威ができて、分業が進むと、その標準化されたプロセス本来の目的ではなく、そのプロセスを動かすこと自体が目的となってしまう。
そして、本来の目的を失う。

ここで、よく使われる言葉は「ねばならない」

でもさ、もっと素直に、まず目的をみようよ、というのである。
そして、そこに向かって、無理なくやって、できるんだぜ。
というのだ。
繰り返すが、それを仕事にするのは、簡単ではないけれど。
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森林ボランティアというもの、自発的な活動にさえ、「ねばならない」があると考えている人が結構いるようだ。

杉良にはじめて参加する人も、
「自分は知識が無いし 技術もないし 体力もないし・・」
と心配する人が多い。

まあ、初めて活動に参加する人が何かと心配するのは当然のことだ。
でも、もし運営している人が、「ねばならない」をたくさん持っていたらどうだろうか。

もちろん、「ねばならない」が必要なこともある。
というより、何かをしたいなら当然何かを「しなければならない」
が、あくまで、「何かをしたい」ありきだ。

別に、何でもいいんですよ。
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逆に言うと、「何かをしたい」が無い人はこないほうがいい、
という言い方もできる。

親戚の結婚式に、いかにも商工会議所の若者が「動員」されていたが、
彼らに「何かをする」という意図はなかっただろう。
上の人に言われたから、きたのだ。

こういうことをたくさんやっていると、組織が腐る。
組織とは、何か目的があるから集まるのだ。
それが無いことが当たり前になると、「今日の会議はなんだったんだろう」になるし、
ひどくなれば、そう考えることすらなくなる。
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その「何かしたい」は、「日本の森林をなんとかしたい」だけである必要は無い。
きれいな空気のもとに行きたい、メンバーに会って話したい、
木を伐るのが好きだ ect・・・

肩の力を抜いて、したいことを素直に言ってみる。
そして、もちろん、組織でやるなら調整は必要だが、

「自分たちがいちばんやりやすい方法、楽しい方法を選んでやっていく」

そう、選んで。
選択して。そこには、創意工夫があるから。
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このような考え方は、現代ではさほど珍しいものではないと思う。
いろんな人が言っているような気がする。

だけど、そういう感覚を20年以上前から持っていて、表現していたイトイ重里という人物を、
もう、とんでもない怪物だと思うのだ。






 
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by taiji_nakao | 2006-06-17 16:19 | エッセイ
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