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2006年 07月 02日
たんぽぽ
こないだ東京に行ったとき、京都で学生コミュニティで出会った人たち(そして、みんな社会人になっていた)と飲んだあと、そこにいて、そのまま泊めてもらった友人と話してた。

「昔はよかった」っていうひとがけっこういるって。
そして、その昔に戻ろうよ、という話もあるとか。
「昔みたいにさ」と。
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「約30の嘘」という映画を、以前みた。
ややネタばれになってしまうけど、この映画は思うに究極のハッピーエンドで、最後には、ずっと「昔はよかった」と言っていた「昔みたいに」戻る、という内容だった。
なんだか、違和感があった。

人生っていうのは、そんなんじゃなくて、村上春樹風に言えば、
「ぼくらは、そうしていろいろなことを学んだけど、同時にたくさんのものを失って、ここまできた。」
というもんじゃないかな。
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例えば、私が大学院に行けば、今関係している団体の運営については、後1年で学生を終えるのに比べて、いくらでも、改善できるだろう。

あんなことや、こんなこともしたいな♪
ということをたくさんできるだろう。
そして、多くの人に喜んでもらえるだろう(きっと)。

でも、もうすでに5年目だ。5年もやれば、「ああすればよかった」なんてものが蓄積されてるけど、だからって、さらに時間をかけて、理想どおりにやるってもんじゃない気がする。
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「昔はよかった」というところの「昔」は、想像上の物語の中にある。
人は過去を自分の物語として認識する。ってことを、内田樹も書いてたな。

いろいろあったけど、よかった、って思っている。
特に、自分にとって大切な思い出は。
それは、そういうもんだし、私だって、自分の過去は物語としてとらえたいと思う。物語を生きたい。それが真実であるか、とかそういうことはあまり重要じゃない。

でも、その美しい過去の物語に戻ろう、というのは違うな。とういうか、多分、できない相談だ。
実際は、そんなに美しいことばかりではなかっただろうし、その構成メンバーも変わってしまっている。

初恋の人は、想像上にいる限りにおいて、いつまでも完璧に魅力的でいられる。
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そういう風に、「昔」は美化して認識されているし、みんないろいろなものを失って変わってしまうから、昔に戻ることはできない。
よかった昔に戻るんじゃなくて、ちょっと寂しいけど、失うものには別れを告げて、新しい物語をつむいでいくしかない、と思う。
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たんぽぽにしよう、と言っていた。
最後に思いっきりきれいな花を咲かせて、みんな種となって飛んでいくのだ、と。
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by taiji_nakao | 2006-07-02 22:14 | 考え事
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