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2006年 07月 24日
東京で
また、東京にやってきた。
西日本林業経済研究会で、林野庁が進める「新生産システム」の話が出てきて、やはりこのことはもっと知りたい、ということでこの政策決定の際の座長を務めていた日本住宅・技術センターの西村さんに先週メールしたら、水・木ならOKということで、急遽決めてそれから 会いたい人にメールする。

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ハンバーガーのチェーン店で粘った後、
例によってネットカフェ。新宿のここは、1時間290円。女性は190円って、どうよ?

テレビがあったので、久しぶりにつけてみると、欽ちゃんが出ている。
試合をしているから、これは過去のを映してるのかと思ったら、そうでないようだ。
なんか、感激しているのを観劇している。

いや、欽ちゃん氏を責める気はない。

それを映している人たち。って、これはまさしく「メイクドラマ」ではないか。
自分たちで、責めておいて(あるいは今まで、似たようなケースで攻め続けたために)、解散に追い込み、何もなかったかのように復活した様子を「観劇」する。
映画を見ているようだ、とコメントしている人がいたが、そりゃそうだろ。
間違いなく、カメラを回す前から、その映像はイメージされ、作られている。

登場人物は、心から喜んでいる。
私は、野球少年だったから、実際に試合をする楽しさも、応援の醍醐味も、そして、監督が試合中にあれこれ怒鳴り続けるのもわかる。それができるようになって、喜ぶのもわかる。

でも、そういう喜びは、日本全国の野球が好きな人たちみんなが日常的にしていることだ。
そういう意味では、そういう野球の楽しさを大々的に知らしめてくれていることに、野球ファンとしては単純に喜べばいいのかもしれない。
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でも、あまりにこの、メディアによる「ジサクジエーン」が露骨で、嫌になる。

なんと、極楽トンボの加藤氏まで出て、「相方も喜んでいると思います」とコメント。
う~ん、このチームが解散しなければならないなら、このコンビも解散し、仕事を辞めて然りと思うのだが。

私は、別にやめなくといいと思ってはいるけど。

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日本は、組織の人間が問題を起こすと、全体が「責任をとる」のが当たり前とされる。
大学でも。京大で事件があったときも、監督は「私は部員を信頼しているし、自立した個人としてみている」と言っていたけど、20歳くらいになる人間への対応として当然と思う。

大学当局が、管理の不届きがあったという趣旨のことを言っていたが恐ろしい話だ。
大学が、学生のプライベートを管理するというのか。
個人が起こした犯罪の問題を、組織に敷衍するというのはこういうことである。
みんな、そんなに管理されたいのか。

もちろん、米軍がイラクで拷問を組織的にしていた場合のように、組織が意図的、あるいは防ぐことができたのにそれを怠った場合は、当然、それを問われなければならないが。

でも、それをどんどん広げるということは、つまり生活をどんどん管理されていく、ということである。
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と、東京に来てまで、こんなこと書いて。
まったく。。

結論。

テレビはみるな。

(あ、でもワールドカップは見たかった。ラジオでは寂しい・・)
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by taiji_nakao | 2006-07-24 09:57 | 考え事
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