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2007年 05月 19日
フラガール
この映画は、地域活性化を目指している、まちづくり・村おこしに関わる人への応援歌だと思う。

事業自体がニーズと合致しているか、ということはもちろん重要だが、まちづくりで難しいのは推進派と保守派の対立である。新しい価値観と古い価値観の対立ともいえる。
大雑把に言えば、都会の人と田舎の人の対立。
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田舎は、自然が溢れ、人情があっていい。という、どっか北欧の絵を切り取ってきたようなイメージの「ロハス」がそのままが転がっていないにせよ、確かに、都会ではなくなってしまった自然や、近所づきあいがあるのは事実。一方で、排他的で保守的であるのも事実。

しかし、そういう表面だけを見ていると、お互い、分かり合えない。

「都会のやつらは、ただ雑誌のイメージを求めているだけだ。」
「田舎は排他的で、あれではいつまでたっておダメだ。」 など。

一番大切な根本は、炭鉱に生きる人たちが大事にしてきた想いと、プロのダンサーが大切にしてきた想いは、実は両立しえるし、それは多くの人を魅せるものだ、という点である。

私の中での映画のハイライトは、保守派の重要人物であった主人公の母親が、革新派に協力をしだして、他の仲間に問い詰められるシーン。

ここで、まず、彼女は炭鉱で生きる人々が大切にしてきたことを確認することから始めた。
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革新派は、現状のままでは先がないことを憂い、なんとかしなければならないと考える。
これが、外の人間の場合は特にだが、変わらなければならないことを説くのはたやすい。
そして、それは正しい。

「石炭の時代は終わった。新しい仕事を探さなきゃダメだ。炭鉱にすがっていてどうする!」

というのは、外部の人間が言うのは簡単である。
だが、この言葉は重いのだ。
小さいときからずっと、炭鉱一筋だった人の想いは、重いのだ。


まず、そこで生きる人たちが古いと批判されてばかりいる人たちが(今は失ってしまっていたとしても)、大切にしてきたことを確認する。それが踏みにじられていることが、いかにつらいことで嘆かわしいかを。

考える上で大切なポイントは、「共感すること」と「現実に行動すること」は別物ということだ。もう、炭鉱では無理だ。それらは変えなければならない。
しかし、その変えていく中でも、その人たちが大切にしてきた想いを尊重することはできる。
別の形で引き継ぐことができる。むしろ、引き継ぐ必要がある。
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ダンサーをみんな地元の人から育てた、ということも重要なポイント。
結局、事業は人がつくるのであり、人をつくらない限り、成功しない。
そして、技術は買えても、心は売買するものではない。

地域にある、一番の資産は人である。
そして、人には、技術や知識といった客観的側面と、精神の側面がある。

組織が、みんなでその両方を共有してわかりやすく表現できたとき、きっとそれは価値あるものとなる。
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地域の自立は、世界中での課題。
その、大きなヒントになるのではないでしょうか。
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by taiji_nakao | 2007-05-19 11:06 | 考え事
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