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2007年 11月 17日
Windowsは使いにくい(2)
 D・A ノーマン著「誰のためのデザイン?」という本は、道具のデザインについての考察ですが、非常に示唆的でした。アラン・クーパーの「コンピュータは難しすぎて使えない」に通じるものがあります。それらを元にして、前回の続きを考えてみます。

 そもそも理解するとはどういうことか?
などとずいぶん、大きすぎるテーマにしてしまったので、話をわかりやすくするために、あるアプリケーションの使い方を理解するとはどういうことか、というテーマにします。
 さて。前回も書いたように、PCの仕組みすべてを理解することはもちろん、アプリケーションの内部的な動作をすべて理解することは至難です。それを仕事にしているプログラマでさえ、人が作ったプログラムを理解することは時間と根気のかかる作業なのですから。
 ならば、使い手は何を理解できればよいのか。当然、その使い方、ということになります。

 



アプリケーションを分解すれば、機能の集まり、ということになります。では、機能を理解するとは何か?
 基本的に、アプリケーションは何かをインプットすると、それをあれこれ処理して、データとして保存するとか、画面表示するとかいうアウトプットをします。なので、機能を理解するとは、どうインプットすれば、どのアウトプットされるか、ということを理解すること、といえそうです。

それを踏まえた上で、機能を理解し、使いこなすには以下の3つの障壁があります。

第一に、ある機能がある、ということをどのようにして知るのか?
第二に、その機能を実現するためのインプット方法をどのようにして知るのか?
第三に、インプット方法に幅がある場合(つまり調整が必要な場合)、どのようにして自分のインプットの具合を適切に調整できるのか?

 DAノーマンは、道具を使う上での「アフォーダンス」の重要性を指摘しています。
 アフォーダンスとは、物がその形状等などによって発信する情報によって、人間の特定の行動が呼び起こされるという働きかけのことです。その例として、ある駅で敷居にガラスを使っているとよく割られたが、それをベニヤ板にしたところよく落書きをされるようになった、ということをあげています。ガラスは「割れること」をベニヤ板は「落書きすること」をアフォーダンスしていたわけです。

 もうひとつは、「メンタルモデル」です。たとえば、画面中央に画像があって、左右に←と→の矢印があれば、それをクリックすれば画像が変わり、さらに一巡すればまた最初の画像に戻るだろう、と推測します。この場合、最後の画像の次に最初の画像が続いている様子を描いています。これが「メンタルモデル」です。このモデルは、必ずしも内部の制御システムと一致しませんし、一致する必要もありません。モデルとインプット・アウトプットの関係が正しく対応しているかということだけです。
 上の画像が変わる様子をみて、剰余を利用したアルゴリズムで制御している様子をイメージする人はまずいません。プログラマならば、そういうアルゴリズムを使っているのだな、とわかりますが、しかしそれでも、ほとんどの人は、アルゴリズムで考えるよりも、イメージで捉えたほうがやりやすいでしょう。

 ところが、前回の例にあげたようなフォルダの階層構造やDFSというのは、全くもって、画像が変わるしくみを剰余を利用した方法で理解させようとしているのと同じなのです。
 多くの人は理解に苦しみます。それでも会社で使うならば理解しなければならないのです。第一に、いくら使いにくくても、どの会社も使っているのでそこだけ変えるわけにはいかない。第二に、先輩はみんなそれで苦しんできて、しょうがないと思っている。

 私は、先のDFSについて、なぜこんなことをさせるのかマイクロソフトが理解できない、と上司に言ったら、キョトンとされました。私が何に憤っているか、を理解してもらうのには時間がかかりました。説明を繰り返すと、その意図はわかってもらえましたが、「昔よりは良くなった」とのことで、そういうものだと思っているようでした。聞いてもらえるだけ、いい方でしょう。大抵は、「いいかれやれ」で終わりでしょう。

 アフォーダンスとメンタルモデルで重要なのは、これらは基本的に人間が備えている性質である、ということです。つまり、説明が不要なのです。これによって、3つの問題点をクリアすることできるのです。人間は、こうした能力を初めから備えているのです。
メンタルモデルとは、アナロジーであるともいえます。野中郁次郎が知識について説明するさいに、アナロジーの重要性を主張しています。アナロジーを用いることで、たくさんの重要な情報を伝えることができるのです。
 もうひとつ、これらと関連する能力として、全体を把握する能力があります。
図解の重要性が盛んに言われています。直線的に、一つずつ説明されると、全体のどの部分なのかわからなくなります。全体像を見せながら、細部を説明し、また全体での位置付けを説明し、という部分と全体のダイナミックな動きの中で理解するほうが、ずっと早く理解することができます。

 翻って、コンピュータに何かインストールして設定するときを考えてみましょう。
大抵は、順番に出てくるウィンドウ内で入力し、直線的に進めるしかありません。今どこにいるのか、非常に把握しにくい。もっと、全体像を見せて、使用者が好きな順番で登録できればいいのに、と思います。そして、メンタルモデルを持てるように。
 今のやり方では、大抵の人はメンタルモデルを描くことができません。するとどうするかというと、一つ一つの動作で何を記述するかというチェックシートを片手に作業することになるのです。非人間的で、コンピュータ的な手法です。人間ならば、要点の定数だけをメモし、あとは全体像をつかんで、それをイメージしながら作業を進める方がよっぽど効率的だし、メンテナンスも容易です。
 メンタルモデルを持てないで管理すると、すべての動作の方法を指示されないとわかりません。それに対して、メンタルモデルを提示し、設計者と利用者が共有できれば、そのモデルからどのようにすれば修正できるかを類推できるようになるのです。
 ここで、その修正する画面がアフォーダンスをするようなつくりになっていれば、苦労して分厚い取扱説明書の索引を引くこともなくなります。仮に、説明書が必要であっても、モデルにそって書くことで非常にわかりやすくなるはずです。
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by taiji_nakao | 2007-11-17 21:31 | ぷろぐらま
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