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2005年 02月 23日
手段と目的
 前回のエントリーでは、「全ての側面を、まず認める」と書きました。

 ここで重要なのは、「ある側面において、大切にしたこと」=「その側面の意味・目的を達成したいんだ」ということを確認することです。

 往々にして、人は手段と目的をごちゃ混ぜに考えるために、同じ思いを持つ人同士が決裂し、ひいては憎みあうという不幸が起こります。
 目的は共有しているのに、自分が主張する手段「のみ」を正しいとするために。
 同じ目的を共有している人たちは、「目的を達成したいだけ」なことを確認し、そのための手段なんて別になんだっていいんだ、という姿勢を持つことが必要です。

 しかし、あんまり深く考えないと、手段と目的を分離するのを忘れてしまうものです。

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 例えば、郵政民有化の話なら、

「各種公的な保護を受けている機関が、金融・運輸事業へ参入していることが問題である」のだが、

「今の郵便局は、山村地域でもきめ細かいサービスをしている。民営化されれば、こうした山村は切り捨てられていく恐れがある」から、民有化はすべきでない。

と言う人がいる。

前者も後者も別の側面を主張しており、正しいことを言っている。

ここで、統合的なアプローチ(あるいは創造的なアプローチ)は、まず、お互いの主張する目的を確認する。

前者は、「政府の特別な保護を受けた機関が、市場に参入する状況は改めるべきである」
という目的を、

後者は、「市場原理下では、山村地域は都会より受けるサービスの質が低下する傾向にあるので、政府はこの格差をなくすように努力するべきである」
という目的を主張している。

ということ。

そして、これらの目的が達成されるなら、手段はどうでもいいということである。

ここで、一つだけはっきりしているのは、今のままでは前者の目的は達成されないと言うことである。(=変わらなければならない)

(現在の郵政体制から利権を得ている人にとってはそうでないだろうが、
もちろん、この議論ではこうした利権はないという前提で話している)

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  現代社会において、もっとも多くの人が手段と目的を勘違いし、そのために多くの不幸が起きているものがあります。

 それは、お金です。

 お金は、明らかに手段です。

 幸福を得るための手段。

 お金がないと生活できない。趣味の楽しむことも、おいしいものを口にすることも、部屋を飾ることも、快適に暮らすことも、やっぱりお金がいる。

 でも、幸福になりたい(=目的)からお金がいる(=手段)のである。

 決して、お金がある=幸福である、ではない。

 つまり、お金がなくても幸福なら問題はないわけです。

 (今の社会ではそれが難しくなっているが)

 手段が目的化して、本来の目的を見失ってる人、それは不幸な人です。


 
 
 



 
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by taiji_nakao | 2005-02-23 23:28 | 考え事
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