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2005年 02月 28日
戦略的楽観性
 これは、イスラエル生まれのアラブ系パレスチナ人にして、米国市民の知識人、エドワード・サイードの言葉。パレスチナを取り巻く状況はひどくなるばかりである。イスラエルの巨大な軍事力は、パレスチナを赤子の手をひねるように、攻撃し、破壊する。しかし、メディアはますます偏った情報しか流さず、パレスチナによるテロを強調(それは真実であるが)するが、そこにある、イスラエルの圧倒的な、国家的テロは目をつぶる。それを強調するものは、のけ者にされる・・
 そうした、どうしようもない状況にあっても、戦略的に希望を持つことが必要だという意味。

 ベトナム戦争の際に7年間も厳しい拷問に耐え抜いた将軍の名で、「ストックデールの逆説」という言葉もある。自分が置かれた、このどうにもならない、文字通り苦痛以外の何者でもない状況を受け入れ、かつ、必ず本国に帰るという希望を持ち続けたという。

 腹をくくるでは、まずそのどうしようもないとしか言いようのない状況を受け入れることの重要性を書いた。そしてかつ、戦略的楽観性を持たなければならない。

 なぜか?って、それは、だって、これから生きていくんだから。生きていかなきゃいけないんだから。ストックデール将軍は、絶望的な状況におかれても、生きることを選んだ。私たちはそれほどまでに、追い詰められてはいないが、それでも、構図は同じである。生きていくことを選択するなら、どうしようもない状況にいるから、どうしようもない、とはいかない。

 とにかく、「必ずうまくいく」と確信する。現状を受け入れた次のステップである。

 現状を受け入れていることは前提で、そうでないとうまくいかない。
 
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 日本は紙の原料として、オーストラリアのタスマニア島の原生林を大規模に破壊している。私は現場をみていないが、見た人は、その破壊のすさまじさに愕然とする。
 しかし、いくら、私やもっともっと高い問題意識を持つ人たちが必死になっても、その現実のすさまじさを消すために、どんなにがんばっても、あと数年は間違いなく伐られつづける、という現実はそこに存在する。
 悲しいことだが、それは受け入れなければならない。

 しかし、だからといって、あきらめるのではない。私たちは、「必ず原生林が破壊されるのは止まる。」と確信する。その手段としては、「日本では、可能な限り国内の木材からパルプがとられるし、海外からも持続可能な森林管理をしたところから木材が運ばれる。再生紙の利用はもっと進む。紙の無駄遣いも減る。サトウキビの絞りかすのような、非木材の利用も進む」といくらだってあるじゃないか。

 その上で、ではその理想に確実に向かうために、非力な私たちにいったい何ができるのか?
と考え、実践する。その理想に向かうために。その一歩はたとえ小さくても、必ずその方向に向かった一歩を。
 
 例えば、これからミーティングのレジュメはすべて裏紙を使おう。と。

 人は言う、「そんなことしても原生林は救われない」 ある一面の真実である。

 そう言われて、「そんなことないんだ、一人一人の心がけでタスマニアは救えるんだ」などと言う人は、現実を見ていない。「一人一人の心がけ」の意味するところが曖昧だが、そんな標語や心がけだけで問題は解決されることはない、とは確実にいえる。

 それをわかっていることが、「現実を見つめ、腹をくくる」ということの意味すること。

 しかし、それでもなお、裏紙を使っていくのだ。それが、非力な私の第一歩である。もちろん、それだけで満足なんてできっこない。

(それから、「私」が自分の美学を大事にすること、「私たち」が自分たちの文化(ものを大切にする)を大事にするということ自体に大きな意味がある)

 それで、救われるなんて思うわない。事態がそんな甘くないことはわかってる。だからこそどうしようもない状況なのだ。でも、「必ずなんとかする」と確信する。だから、また、次の一歩、次の一歩を踏み出す。チャンスがあれば、飛ぶことだってする。

 だけど、いつも目指す先と、どうしようもない現実である足元は見てる。

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 そんな人に私はなりたい。
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by taiji_nakao | 2005-02-28 23:49 | 考え事
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