カテゴリ:お勧めの本( 17 )
2011年 08月 28日
歴史の中の江戸時代
明治の前が江戸ならば、現在は東京時代じゃないのか
という記事を読んだ時、なるほど、と思ったわけです。

明治の前は「慶応」なんですね。
明治維新でがらっと変わった、なんて認識しているんですが、そうでもない。少し考えればそんなわけがないのです。おじいさんのおじいさんくらいは生きていたんですから。

そんなことを考えているときに、たまたま図書館で見つけた本(「歴史の中の江戸時代」速水融編)が面白かったです。

以下引用が多くありますが、切り取っているため筆者の意図とズレている可能性があること、また対談形式から切り取っているため、話者は一人ではないことをご注意ください。以下は、あくまで私なりの理解です。

まずは、明治維新のころに京都に行った人の話題から
西松家の本家にあたる別の家の日記なんかにちょうど同じころのが残っていて、明治維新だというのに京都見物に行くんですよ。

恐ろしいじゃないですか。

初めのころはどうも様子がおかしいとか言いながら、平気で名所を回っているんですね。そのうち鉄砲の音なんかするものだから帰るんですけれども。そんなものじゃないでしょうかね。

庶民にとっては、天変地異が起きていたわけじゃないってことですね。
明治維新の下地は、江戸時代から少しずつ準備されていた、という具体例をいくつか。
ほとんどの領主は、秀吉・家康の時代に所領の移動を経験していますよね。(中略)
「織豊系大名」と言われている人たちは、領地を完全にシャッフルされて、在地性を失っている。文字通り、兵農分離しているわけです。
まさしく官僚制ですよ。

すでに官僚制の原型があったと。
役人登用システムや近代的な軍隊に関しても。
今日に至る学校制度と結びついた役人登用システムも、その元になるものは、江戸時代の半ば頃に作られてきます。それと共に江戸時代に生じたのは、いわば武士の「兵士」化ですね。
以前であれば、武士は、馬なり甲冑なりを自分の俸禄で用意していた。それが、江戸時代の半ば頃になると、そうした軍事手段が公有化されてくる。会津藩などは、立派な武士のものでも甲冑はすべて城の倉に回収して管理すると言い出す。これは近代的軍隊と同じです。そうした武具は、武士が自分で用意して、家の床の間に飾っておくものなのに、「ほっておいたら、お前らはすぐに質にでも入れてしまうだろう。だから倉で管理する」・・

行政機能にしても
行政や政府の機能の担い手にしても、一定の連続性が認められます。江戸時代を通じて地域ごとの行政機能を身なっていたのは、武士ではなく、むしろ大庄屋と庄屋ですね。彼らの行政能力によって地域社会が成り立っている。ですから明治維新は、大きな革命のように語られますが、明治に出来上がった議会の姿を見ると、大庄屋や庄屋がそのまま県議会議員になっていて、実質的に顔触れがほとんど変わっていない。

こんなものも。実は起源は江戸時代
吉宗が物価政策をやるのに業界の組合、カルテルを作らせるわけですね。カルテルの価格は、下方硬直性を持つんですから、米の相対価格をあげようと言うのに、こんなバカな話はない。(中略)あれはやはり行政指導をやってたんだ、というふうに理解すると、わかるんですね。行政指導をするためには相手集団を作らせなければならない。

その結果、
日本の株仲間と、イギリスとフランスのギルドを、比較研究してみようと試みたことがあります。(中略)ヨーロッパのギルドを見ますと、彼らの特権が侵害されると、王様に願い出るわけじゃなくて、裁判所へ訴えるわけです。
(中略)日本の株仲間を見ますと、まず裁判所じゃなくて、殿様へ願い出るわけですね。
(中略)問題は道徳的、人道的なことをいろいろ理由にして、願い出るわけですね。

今の医薬品のネット販売の規制に関してのやり取りの原型は、吉宗の時代からあったと。

他にも、都市への憧れとか、田舎から都会へ出てまた戻ってくることとか、興味深い話題は尽きないのですがそれは本書を読んでください。

そして、筆者は江戸時代に「勤勉革命」が起きたと主張するのですが、これは非常に鋭く、面白い。
ゆっくり100年くらいかけて、小農を基礎的な経済単位とする、江戸時代らしい経済社会が成立していく。それを端的に示すのが、世帯規模の縮小で、単婚小家族の小農民が経済主体となっていく。(中略)少しでもよく働くことで、少しでも家族の世帯収入を増やす。村落の中でのある種の経済競争が起きて、農業生産以外に販売目的の経済活動も行うようになる。これが、速水先生のおっしゃる「勤勉革命」ですが、旧来の隷属的農民は減少し、有配偶率が上昇(一生涯結婚しない人の比率の低下)していく。

そして、
ただし、この「勤勉」さは、一定の社会経済的条件の下で生じたものだとも言え、決して永遠不変の日本人の「国民性」とは言えない。それは現在失われつつあるとさえ言い得る、ここ300-400年間の特徴なのである。

ということなんですね。
私はどちらかというと、第二次大戦後にたまたま日本の製造業が世界で成功を収めたという認識だったのですが、その原型は江戸時代にあったようなのです。
15、16世紀あたりにひとつの変化があって、江戸時代から現代まで日本人というのは1つのマンタリテでとらえることができるのではないかと私は考えているわけです。その基本は要するに向上心なんですよ。それはいろいろ物質的な生活水準を上げたい。あるいは知識水準を上げたい。そのために一生懸命働くとか、寺子屋へ行くとか、だれに命ぜられるわけでもないけれども努力をするというマンタリテができあがるんですね。
マンタリテ(心性)・・長期間にわたって変わらない集団的なものの考え方

面白いのは、その成立過程の説明です。
結局、17世紀の日本は、20世紀流にいえば貿易赤字の大国なんです。そういう貿易危機が生じてきて、日本はどうしても、従来輸入したいた物を国産化せざるを得ない局面になってきたわけです。

この時、生産能力を外部へ求める選択肢もあったようです。
ヨーロッパで海洋国家として発展した国、たとえばスペイン、ポルトガルなどは、どれも急速に伸びまして、ばったりと倒れるんですね。そして二度と甦らない。これが西洋における大陸国家と海洋国家の運命を大きく分けていると思うんです。

だから海洋というものは大変危険な誘惑で、もしもあのとき日本が海洋へ乗り出していれば、たぶん梅棹忠夫さんの言うように、インド海洋会戦ぐらいに持ち込めるほどの力を持っただろうと思うんですね。うっかりしたら、北米大陸の半分くらいまで日本は押さえたかもしれない。

・・しかし、それをやれば、まず日本の農業人口、それから日本の知的人口、つまり失業武士になる人たち、これが全部海外へ出て行った。そうすると、寺子屋の先生になる人間もいなかったし、仮名草子の作者になる人間もいなかった。まず知的に日本は衰微したでしょう。

三国志とか信長の野望といったシミュレーションゲームで例えると、江戸時代の日本というのは他国に攻めずに、優秀な武将を使って徹底的に内政をし続ける、というイメージなんだろうと思います。

そうやって、日本流の制度や教育文化が発達したと。
そして、その中で生産性を向上させる、20世紀の用語でいう「カイゼン」の精神が育まれてきたと。

しかし、歴史を知らないでいるなあ、と思いました。
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by taiji_nakao | 2011-08-28 13:08 | お勧めの本
2011年 01月 03日
「U理論」を読んでのメモ
前評判がとても高く、野中郁次郎や神田昌典なども推薦している「U理論」を、ようやく読了。
評判通り、素晴らしい内容だった。
理論書をここまで引き込まれて読んだのはケン・ウィルバーの「統合心理学への道」以来。
ちなみに、U理論の中でもウィルバーのことが出てきます。

内容を要約するのが難しいのですが、
帯の
「人・組織・社会の『在り方』を鋭く問う、現代マネジメント最先鋭の『変革と学習の理論』」
というところでしょうか。

理論として体系だっているだけでなく、非常に実践的な内容にもなっています。
まだまだ、読み込めてませんが、実践しつつ、読み返していこうと思っています。

以下、iPhone+リョードのキーボードのメモより。

*問題別随時組織 アドホクラシー
その組織や業界が知識集約的であればあるほど、また組織単位間の空白に生じた課題が重要であるほど、この構造領域による組織化に依拠する

”1648年のヨーロッパと十月革命後および第一次世界大戦が終結した1918年のソ連を考えてみよう。
この時期、強い国家と公的セクターが現れ、各国の指導層が考えると発展戦略上の優先度に従って少ない資源を配分する中央からの調整メカニズムができた。その意味では、20世紀の社会主義は資本主義以降の経済段階でなく、資本主義以前(つまり重商業主義)の経済段階とみなすことができる。”
Johan Galtungの議論から

■プレゼンシングの原則と実践

1。アテンド
毎晩4分間 他の人とどのように交わったか
何をしてほしいと言われたか
提案されたか

2。コネクト
私の内面に他者の為の空間を作る

”それをしないわけにはいかない何かへの招待状を携えた『メッセンジャー』が現れたなら、
まずやりますといい、それをどの様にやるかは後で考える”

■耳を傾け、その上でさらに耳を傾ける
ひたすら観察する内なる評価判断の声、VOJを保留し、不思議さに驚嘆する感性とつながる少なくとも5分間、もの、あるいは状況を観ることに意識を集中する。
意識が自分の中のアイディアや思考など別の方へ行ってしまっていることに気がついたら、元に戻して純粋な観察することを続ける。

*開かれた思考....純粋な探求と関心
*開かれた心....受容と共感
*開かれた意志....出現する未来と真正の自己に注意を向ける

■対話をする前に、静寂と自分の意図を作り出す時間を取る。

1
あなたにとって最も重要な目的はなんですか。
それを実現させるために私が手助けできることは何ですか。
何のために私が必要ですか

2
あなたの仕事に対する私の貢献が成功したかを評価する規準はどんなことですか

3
私が自分の担当する仕事の中で6ヶ月以内に2つのことが出来るとしたら、あなたにとって最も価値があり、最も恩恵になるものは何ですか。

4
過去に、対立関係やシステムむによる障壁によって今の私の立場にいた人間があなたの要求や来たいを実現できなかったことがありましたか。あったとすればそれは何でしたか。
私たちにとって今障害となっているものは何ですか。


*評価判断の声(VOJ)を保留
*状況に対する皮肉な見方(VOC)を転換
*古い自己を手放す恐怖 (VOF)を克服


1
自分の人生や仕事の中で、最高のエネルギーとインスピレーションの源に自分自身を最も強くつなげる状況、実践、活動は何か

2
これらの活動や状態を、未来を創るための小さな種と組み立てるための素材として考えてみよう。その小さな種と素材が相互につながり、インスピレーションに満ちた、自分の最高のエネルギーと共振する全体へと育つ、その未来はどんな姿をしているか。

3
そのような未来を世界にももたらそうと決意したら、手放す必要があるものは何か。死ぬべき古い自己、モノは何なのか。

4
リスクを取り、そしてその計画が失敗したとしたら、起こりうる最悪の事態は何か。それに直面する覚悟はあるか。


*自分が確かに成し遂げた小さなことに注意を払い、コースから外れたらすぐに修正するということが大切
エネルギーは自分を責めることにではなく、修正する方向に向けるべきだ。

”強いコミットメントのある人々からなる小さなグループが世界を変えることが出来るということを決して疑ってはいけない。実際に世の中を変えて来たのはそれだけである”
-マーガレット ミード

■頭と心と手を統合する。以下を避ける
*即興と意図なく行動する...盲目的行動主義
*行動する意志がないまま延々とただ考える...分析麻痺
*源にも行動にもつながらないことを延々と話し合う...単なるおしゃべり

■イノベーションの生まれるプロセス
1まず漠然とした感情、あるいは気持ちが起こる。
2その感情は何かという感覚、すなわち新しいひらめきやアイディアに形をかえる
3その何かは、飛躍的なイノベーションを生み出すことのできる状況や問題、あるいは挑戦と結びつく
4そこで初めて何かと場に筋道だった構造と形が与えられる

■日々の実践
1
1日の終わりの3分間を使って、その日、世界が提案してくれたことを、良し悪しなしの判断なしに書き留める

2
その観察から生まれる、かつ仕事でいま直面しているチャレンジに関する重要な問いを1つか2つ書き留める。

3
翌朝 5分か10分とって、前の晩に書き留めた重要な問いに関して浮かんだアイディアをメモする。アイディアが流れて来るのに従って書いていく。

4
可能な次のステップを考える。つまり可能性をさらに探索・テスト、プロトタイプするには何が必要かを考えると、日誌をおえる。

■意図の基盤
ワークショップや集まりの場をファシリテートする時は自分の意図をそのグループやコミュニティの未来の最高の可能性に一致させる
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by taiji_nakao | 2011-01-03 23:24 | お勧めの本
2010年 06月 13日
コミュニケーションするロボットは創れるか
著者は工学系の研究者だが、コミュニケーションとは何か? 概念とは何か? 概念はどのように獲得されるのか? 記号とは?といったいわゆる文系のテーマを同時に真正面から扱っている。

そして、それらに一貫した考え方を提示していて、興味深い。
こうした問いに興味がある人には、おすすめ。

以下、すこし途中途中はしょりつつ紹介。

ロボットを構成する知能として「道具知」と「自律知」を分けている。前者は、予め設計された、「道具としての機会に命令を送りつけてそれが実行する」ための能力・知能で、後者は「自律的に活動しながら環境との相互作用を通して自らの触れる範囲の情報を組織化することで適応・学習していくシステム」。

そして、「自律知」に焦点をあて、いかに概念を獲得しているのかと掘り下げていく。
理論だけでなく、実際にモデルを作ってシュミレーションしたデータを使って検証できるのが理数系のアプローチの強いところ。

たとえば、首を振るという行動と、提示された青球の視野上の位置データを認識するだけの「顔ロボット」。この「顔ロボット」は、実験開始直後はどうしたらいいか何もわかっていない。ただ、視野の中心に青球がくるようにしようとする。首をいろいろ動かして、その結果、青球が視野の中心にくることが続くうちに自分の首を動かす動作とその結果の因果関係を学んでいく。

試行錯誤し、結果が好ましかったということが続くうちに、どう振舞えばいいのかを学んでいく。
それこそが概念獲得なのではないかというのだ。そして、その獲得過程での「身体性」の重要性を説いている。高性能センサーと高性能モーターを持つロボットと、それに劣るセンサーとモーターをもつロボットは、「身体性」に違いがある。

面白いのは、前者が必ずしもより細かな区別をするとはかぎらないということ。
それは、高性能のモーターを持っていると、環境がある程度変化しても同じ制御で問題がおきないが、モーターが劣っていると、同じような制御では問題が起きてくるためにより細かく調節する必要が出てくる、ということらしい。なるほど。

別の実験の、目的地を知っているリーダーが前から台車を引っ張り、後ろからフォロワーが押す、という状況は自分でもイメージできたので、ロボット(シュミレーションのようですが)に感情移入でき、面白かった。
リーダーの意図はわからない。でも、リーダーが進む方向に押していかなければならない。
まっすぐ押し続けていたら、途中からずっと左に動こうとしている。ああ、左なのか。
あれ、・・・がけから落ちてしまった。ゲームオーバー。
自分が、見えないリーダーの意図を見つけようとして、台車の動きに敏感になっている様子がイメージできる。

台車の動きを感知するだけのコミュニケーション。
でも、それだけだとあまりにも非効率だから、そういう場面で記号が生まれたのではないか、という。
人間なら声をかける。

試行錯誤 → うまく行く (または失敗) 繰り返し → うまく行く方法を学ぶ
という概念獲得だけでは、不十分(失敗しすぎる)ので、失敗する前に情報を得ること。
その伝達手段として記号が発達したのではないかというのだ。

強くうなづいてしまう。
私も「ロボット=無機質・心がない」などとイメージしていたけれど、ずっと別の視点を持つようになった。

以下、本書に関連して今考えたこと。

5年くらい前に、インドに行ったとき、タクシーの運転手の運転が忘れられない。
確かに腕がいいことは間違いなかった。だが、狭い道路に車(あるいはらくだも)があふれているところを、ぐんぐん抜いていくのは、スリリングだった。

その時の抜き方が印象的だった。二車線の右側から・・、なんてものではもちろんない。運転手は、接近する。前の車はよける。大抵の場合それだけだ。その時、運転手はスピードを緩めない。だから、よけなければぶつかる。何度ぶつかると思ったことか。そういうコミュニケーションをしていた。

そして、それを補足する形でクラクションを鳴らしていた。これが、記号というわけだ。
クラクションだけでは譲らない車もあったに違いないと思う。

当時もここまでは考えて、日本にはあまりないであろうこのようなコミュニケーションが新鮮に思えた。
今考えると本書の、身体性に依存した知識の存在に対してだろうと思う。

この場合の身体性とは、つまり事故に関することで、おそらくは頻繁に遭遇する事故を見ている経験やあるいは自分が事故にあった経験かもしれない。
日本の場合は、そういう身体性を持った知識の前に、道路上ではまず「規則違反」を念頭においたコミュニケーションをしていると思われる。

車の場合は、そうでないと困る。
でも、すべてにまず「規則」や「ルール」ありきにしようとしている現状はどうか。ライターを禁止にしようとするとか。あるいは、刃物に対する過剰な規制。やけどして、痛い思いをして学ぶことが大切なんじゃないか。
つまり、身体性に依存した知識を、自律的に得ることが重要なのではないか。

自律的に概念を学ぶことの本質は、ロボット・人間あるいは他の動物を含めて変わらないのではないか、と強く思った。

最も、人間の複雑さは現在のロボットには到底及ばないもののようだけれど。
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by taiji_nakao | 2010-06-13 19:09 | お勧めの本
2010年 05月 09日
最近読んだ本201005
読んだ本で、記憶にあるor本が近くにあるものを書いてみる。

「ムナーリのことば」
「なぜデザインなのか」という本を読んで、阿部雅世というデザイナーが、いいなあと思った。
とても共感して、ブログはRSSに登録。その人が訳したという理由で購入。
本の内容は半分くらいうなずいて、4割くらい理解。

「裸でも生きる」
山口さん、ものすごいエネルギーですね。
同世代として負けてられん、(いや、かなわないですけど・・)と思ったりさせられます。
大阪のマザーハウスに行ったときの第一印象は、デザインがすばらしい。
彼女は、デザイナーとしてのセンスに優れているんだなあ、と思いました。
で、その周辺にはほかにも雑貨屋さんがいっぱいあって、あれこれ入っていると、ちょっと飽きてきます。
大雑把に言うと、だいたい雰囲気は一緒です。
微妙に、違うわけで、そこは好みがあるにしても。
そうなると、その裏にどういう「物語」があるか、ということになって。
その時思ったのは、「デザイン、センスさえもコモディティになっていく」ということで。。。
その点、物語でいえば、マザーハウスは最強でしょう。
ちょっと、ずれてる見方かな。

「魔王」
伊坂幸太郎は、文庫本はおそらく完全制覇。あえて、ハードカバーには手を出さないことにします。
節約、ということで。魔王は、重くて、なかなか進まなかったです。
彼も、考えられずにはいられない人なんだろうな、と推測。
私もそうなのだけれど。
大学時代、サークルの後輩が代表をしていて、そのミーティングに私もオブザーバで参加したとき、彼は「自分がこのサークルにいる必然性がない理由」を、活動する目的から演繹的に説明していたことこがあって、メンバーはポカンとしており、「えー、」「まあまあ」「ちょっと・・」という反応で。
で、その後私は、「確かにこのサークルにいる必然性はないけれど、したいことは、ここでもできるのでは?」という話を、その意見を肯定するところからじっくり話しことがあり。その時思ったのは、まあ、私にもそういう傾向があるのですが、考えずにはいられない、という人種がいるということ。そして、その人種の人は、そうでない傾向の人を理解できないときがある、とういうことも。
伊坂さんも、その傾向のひとなんだなあ、と改めて実感。(そうでない人のことは理解されていると思いますけど。一応補足)
日本でファシズムが出てきたとして、その時に、宮沢賢治の詩を持ってくる、という設定は唸る。

「魚の国の案内」
まだ、読み途中。魚のお話。面白い。魚は20年とか生きるとか、知らなかった。
うなぎは、50年生きるとか、知ってました?
そんな「魚の国」のことが面白い。

「現代霊性論」
内田樹と、宗教学者の釈徹宗の対談。
現代の霊性について論じる。
面白かった。現在、占いがはやっていることと、宗教の関係など。
「今日は外出すべきでない」って占いにあったから大学を休みます、という生徒がいて、これなんか現代版「方違え」でしょ、なんていう話とか、面白い。葬式についての話とか。
根深いところで、強く行動を規定しているのであって、なんでもあり、なんて思っていない、というところとか。
なるほど、と思うし、宗教的な点から自由なことがすばらしいわけでもないし、そういう現実でもないでしょ、という話は説得力あり。

「iCon Steve Jobs」
アップル創始者、スティーブジョブズについて。
けっこう、そのまま書いている感。彼は、相当な「キチガイ」であるようで。
親は自分で育てずに、里親に出され、そのことに悩んでいたのに、最初に生まれた自分の子供を認知しないとか。おそらくは、本書は事実を書いているんだと思われ。
才能と、狂った感性と。大成功は、大きな賭けの結果である、ということなんだと思う。
でも、本書では、ジョブズは成長している、というような書き方もある。
それもそうなんだろうなと。
しかし、アップルは、ちょっと独占と行き過ぎの感があり、個人的にはマイクロソフトの今後の方が応援したいのですが・・(とか言いつつ、本日アイフォン購入ですが)
閑話休題

しかし、彼のもとでは働きたくないな、と思いますね。

それにしても、スティーブジョブズのスピーチは秀逸です。
そして、本書の内容と照らすと、ははん、こう表現するのね、とところどころ思います。

「限界の思考」
宮台真司・北田
これは月一で参加しているゼミで扱った本。
読み込んでいく中で、たくさんの学びがありました。
まあ、小難しく、いろいろな出典を出してきて、「どうだ?あんたらも勉強しなよ」という内容なんですが。

ひとつだけ。
最後に、宮台真司は政治家がどうあるべきかみたいなことを書いています。
そして、実際に民主党なんかでは、そういう活動をしているらしい。
とても頭がいいし、かれの分析はかなり的を得ている、と思った。
ただし、違うだろ、あなたの領域は。と思った。社会学者は、政治学、というか、政治家がどうあるべきか、を研究しているわけではない。社会は、どう成り立っているのか。それは、先人たちは、どう分析してきたのか。それを自分はどう捕らえているか。ゼミで、なるほど、面白いなあと思うのは、あらゆることは、大抵考えられている、といこと。たとえば、コーチングの教えは、おそらくハイデガーの考えとかなり重複しているように思える。しかしながら、社会学者、宮台氏のメインはどこはわかないけど、政治じゃないでしょ。と。そんな人物の話を政治家がありがたがって聞いているとしたら、それも悲しいな、と。社会学の理論と蓄積から、現代の政治、あるいは社会のあり方に対して、論じ、もう少し抽象レベルの高い段階から、しかし、実務に携わる人に影響力を持って発信する、という姿が望ましいのでは。とか。しかし、社会学という分野自体が、相当落ちてしまっているようである、ということも知る。

「富の未来」
アルビン・トフラー
「第三の波」も読み途中だけれど、「農業化の波」「工業化の波」「情報化の波」という三つの波はたしかにそのように機能しているように思われる。そして、工業化の波にうまく適応した日本は、それに成功したが故に、第三の波に乗れていないということ。そして、それは、今、危機的状況であるということ。
それから、「ただ飯」という表現で、いろいろ便利になったが、消費者がやるべきことも増えている、という話は面白いと思う。

BtoCと、BtoBと絡めると面白いと思う。
BtoCの筆頭、グーグル。無料。だけど、設定だのは全部自分でする。
BotBだと、そうではない。営業担当がいて、しっかり対応してくれる。担当が替わったら、前の担当と一緒に来てくれて、ちゃんと引き継いでくれる。電話したら、きっちり対応してくれる。
でも、料金は、BtoCに比べて、びっくりするくらい高い。世の中は、大まかにBtoC的になっているのだけけれど、有料では「コンシェルジェ」的に、なんでも聞いてくれる、というのはやはり需要もでてきそうで。このあたりは突き詰めると面白そう。

ただし、まだ、上巻も読み途中。

「1Q84」
Book3。いわずと知れた、村上春樹。

ブログの書評を見ていると、そんあとこまで考えるんだ、と思ったりする。
3巻も村上春樹ワールドで、それが好きな人は好きだと思う。
3日くらいで読んでしまった自分もその一員だと思う。

でもなんというか、答えを出した、というのなら、この答えは、正直、だから何?
と思わなくもない。

三巻の主人公、牛島さん、最期は哀れですね。
ていうか、「組織」なら、別部隊も同時に動かすだろとか思いつつ。

「鹿男あにおし」
万城目学

面白かった。現代における、「神話」?になる可能性もあるなかな?とちょっと思ったので、
無理があるのが承知で、そう、主張してみる。

神話には、当然、多くの人を魅了する普遍性とか、ある種の魅力があったんだろうけど、しかし、一面を突き詰めれば、「大ヒット曲」ということになるのではないか、と。
それじゃあ、ムラカミハルキは神話になるのかといわれれば、いや、なるのでは。
もう少し、現実にある土地とリンクすれば。
たとえば、主人公がおりた高速道路の階段、がちゃんと特定されたら、そこは聖地になるやもしれない。
そこに、ある種の、その階段が聖地であることに利害関係を持つ組織があったりしたら、まさに聖地たり、一定の人が訪れるかもしれないし、万、という単位の人が毎年訪れれば、それは神話となり、それが、「口伝え」=口コミで広がれば、それはまさに神話たるのではないだろうか、と。

鹿男あにおしも、そういう文脈でみれたり、しないかなー、と。無理がある??

「ロゼッタストーン解読」
ずいぶん、時間をかけつつ。読了
シャンポリオンさんのドラマ。

正しい主張が、すぐに採用されるわけではない、という物語。
この本を読む限りでは、「どうしてほかの人は理解できないの」という疑問が残りますが。
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by taiji_nakao | 2010-05-09 01:32 | お勧めの本
2009年 12月 05日
「渋滞」の先頭は何をしているのか
小学生の頃、まさにこのタイトルのことを考えたことがあった。
「最終的な原因としては、道路に車が入りきれないからだ」というのが親の説明だった気がするが、よくわからなかった。たぶん、先頭は信号とか事故とかで止まっているのだろう、と考えることにした。

筆者が言うには、これはボトルネック渋滞というタイプに属するらしい。
事故とか、料金所とかが原因だ。

しかし、これらに各種の対策が立てられている今渋滞の原因の一位でないという。
一番多いのは、特定のボトルネックの存在しない「自然渋滞」だというのだ。

これは直感に反する。
ただ、私も渋滞を抜けた後、特定の原因となる、事故などが見あたらず、あれは何だったんだろう、と思ったことはあり、なるほど、あいつが自然渋滞だったのか、と知る。

自然渋滞はどのように起こるのか。というと、その原因は増幅する連鎖反応にあるらしい。

車間距離が狭い場合、前の人が減速すると、すぐに後ろの人も減速する必要がある。そうしないと、追突してしまいますから。

すると、さらにその後ろの人も減速して、・・が続いていく。
そして、人間の性質からして、後ろに行くほど、減速の度合いは強まり、最終的には停止してしまう。
こうして、渋滞が発生するというのだ。

そう言われてみれば、なんとなく理解できる。

ここでのポイントは、「車間距離が狭ければ」という前提である。当然ながら、十分な車間距離があれば、前の車が減速(ないし停止)したとしても、こちらが減速や停止する必要はない。

だから、筆者は渋滞が起きそうな場面では、車間距離をとりなさい、とすすめる。
そして、その距離は40メートルほどがよいという。これができれば、この間がクッションとなって、渋滞の波がやってきたときに、減速しないで済む=自分の後ろに伝播されない、という。

だれしも、前に距離があれば詰めたくなるものだから、心理的に難しいものがあるし、
理論上、この防波堤の役の車自体は、詰めた方が若干走行時間を縮められるという。
しかし、道路全体でみると、こういう車が存在する方がスムーズな動きとなるらしい。

以前、経営をシミュレーションするMITで開発された「ビールゲーム」をやったことがある人なら、まさにあの現象である。このゲームでは、ここが全体の情報を持つことで最適化がはかりやすくなる、としている。

渋滞でも同じかもしれない。
普通、渋滞情報は、自分の前の情報を知らせるが、後ろの情報を与えて、運転にフィードバックしてもらうシステムが必要かもしれない。
単純に、渋滞の先頭にいる人にそれを知らせることは有用かもしれない。

「渋滞学」の対象は、交通渋滞にかぎらず、例えば人の混雑時などにも応用できるという。
人間の場合も、1.2メートルほどの間を持って動くのがもっとも効率がよくなるという。


・・
3日(火)から訪問者数が増加して、4日には120人を超えるという、本ブログでは最高値(ちょっとしょぼいですけれど)を更新したものの、ページプレビューをみると、28とかになっている。
エキサイトのエラーだろうか。
どこか有名なサイトに紹介していただいたのかと思いきや、残念です。
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by taiji_nakao | 2009-12-05 14:14 | お勧めの本
2009年 08月 25日
数学ガール
結城浩著

プログラム関係の本がおおいですね。

私の初めて手にした、本格的なプログラミングの本はJava言語プログラミングレッスン
就職直後の、(いや正確に言うと、技術系の勉強が始まったのは、2ヵ月後くらいだったが)、10人くらいの会社の技術リーダーが講師だった。

さっぱりしたというか、気張らない人で、「私はこの本より上手に説明することができない」といって、基本は各自で進め、わからないときに聞く、というスタイルだった。どちらにしても、専門学校のような、牧歌的な研修だった。

この人は、えらそうなことを言わないという姿勢が強すぎるし、どうよ?って思うこともなくもなかったけど、気張らない、くだけた感じでよかった。一番感銘を受けたのは、テストをする、という研修で、エクセルのリストをやって、画像のハードコピーを保存する(=エビデンスをとる)なんてことをしてたとき、どう考えても、これで全部網羅できるとは思えず、その旨聞いてみたら、

「私は、自分の書いたコードはプロジェクトのテストと関係なく、徹底的にやる。私のところからは、絶対にバグがでないようにする。それが、私のテストへのモチベーションです」
と話してくれました。

日本的な、暗黙知的な、いかにも現場のノウハウというところだ。
こういう人が日本のものづくりを支えているのだなあ、と思うのだけれど、もう、それだけでは限界が、といわれて等しかったり。

閑話休題

とにかく、わかりやすかったのは確かで、それがスタートだったのは幸運だったと思う。
その後に手にした、「Java言語で学ぶデザインパターン」(結城浩)は今、ちょうど読み返している。

で、その人が書いた、「数学ガール」は評判がよいみたいで、気になっていて、で、本屋で見つけてしまって。
数学への憧れはずっと持っていたけど、大学では変微分のあたりからサヨウナラ

本は、面白かった。
2人の女の子から好かれる、という男子の夢的展開も、よい。

それで、久しぶりに数学がときたくなったところに、404 Blog Not Foundで数学の話題があって、
整数の問題で、9桁の整数を二度ならべると7で割り切れるのはどうして、というような展開で、そのあたりの問題を定食屋で解いたりして。
ここの問題は比較的スムーズに解けたが、「数学ガール」の方で出てくる課題は、相当難しくて、とても解にはたどり着けなかった。

久しぶりに数学をやってみて(もう3週間以上も前の話なのだけど)、思ったことは、
1.あー、自分は考えることそのものがすきなんだな、ということ。
いろんなことを考える。仕事のこと、山のこと、あるいはプログラムのこと、・・・・
数学の問題をう~ん、と考えているそのとき、それらのことをう~んと考えている時となんら変わらないことに気づいた。
ある意味、なんでもいいのかもしれない・・・・・

でも、じゃあ、何を考えようか。
さあ、これは大きな問いですね。一生かけて考えて、実践し続けることって何かな、と。


2.ケアレスミス多いなー
受験のとき、イチローの打率並みにケアレスミスをしていた。
原因は比較的に自明だった。第一に字が汚くて、自分でも半分くらい読めないノートを書いていた。
繰り上がりを間違えていて、30分くらい悩んでいて、成長してんのか?って思ってしまう。


それから、結城浩の姿勢も素敵ですね。

例えば、こんな一節

「僕たちは、好きで学んでいる。
先生を待つ必要はない。授業を待つ必要はない。
本を探せばいい。本を読めばいい。
広く、深く、ずっと先まで勉強すればいい。」

中学・高校の時にこの本に出会っていたら、もう少し数学とは違う付き合いをしていかも、と思わせます。
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by taiji_nakao | 2009-08-25 23:08 | お勧めの本
2009年 08月 01日
できそこないの男たち
福岡伸一の本。「生物と無生物のあいだ」は評判どおり面白く、ファンになる。「世界はわけてもわからない」と本書をまとめ買い。ちょっと懲りすぎじゃない?って思うほど、小説のような構成になってるけど、この「物語」がいい。

高校の生物の先生はとてもユニークな人で、授業はいつも自前のプリントを使っていた。そして、たくさんの「物語」を語っていた。生物学の物語は、2種類に分けられる。ひとつは、研究者たちの物語。「一番乗り」そして、「ノーベル賞」を目指した熱い、人間ドラマ。それから、生物たちの物語。やつらは、どんな戦略をとっているのか。擬人化されたストーリーは聞いていて面白いし、興味がわく。うちの学校の生物はいつも成績がよかった。

ちなみに、その先生は3年間担任の恩師で、大きな影響を受けた。だけど、大学に行ったら、生物学の勉強はほとんどしなかった。この本を読んでいたら、その授業を思い出した。

ボーヴォワールは、「人は女に生まれるのではない、女になるのだ」と言ったが、生物学的には、「人は男に生まれるのではない、男になるのだ」というのが正しい、と筆者はいう。もともと生物は、無性生殖で殖えていたのであり、それはつまりみんな女だったということだ。受精卵からの発生の過程をみると明らからしく、男女関係なく女仕様で始まるのだが、男は、途中から仕様変更されていくらしい。

ママの遺伝子を、誰か他の娘のところへ運ぶ「使い走り」。現在、すべての男が行っていることはこういうことなのである。


以前、「ハンディキャップ原理」という本を読んだことがある。
見事な孔雀の羽は、生きていくうえでは不便極まりない。外敵から目立ってしまうので、非常に危険であり、生存競争という視点でみて、不利な遺伝子を持っているように見える。しかしメスは、立派な羽を持つオスを選ぶ傾向がある。なぜか?

それは、見事な羽を持っているということは、「そのような羽を持っているにもかかわらず生き残ることができる能力を備えていること」になるからだという。ハンディキャップ原理で面白いのは、肉食動物側もそのことをわかっているので、よく目立つ相手を狙わない傾向があるということ。つまりは、

ハンディキャップを持った草食動物:
「目立っていても逃げる自信がからこういう格好をしているのです。だから、追ってきても時間と体力の無駄ですよ。」

見つけた肉食動物:
「そうだろうね。やめときます。」

というコミュニケーションをしているということだ。これは人間も使っていること(例えば、あごを前に出すしぐさ)で、面白い理論だ。

肉食動物はしかし、たまに上記のようなコミュニケーションをせずに、目立つオスを追いかけてくる。だから、目立つだけでなくて、「本当に逃げるだけの実力を持っていること」は生き残るためには必須だ。
さて、ここで、本書の視点でオスのハンディキャップを説明するとなかなか生々しいことになる。

メスは敢えて不利な性質をオスに与えることで、それでもなお生き残りうる遺伝子を選別している。

追記:20:30 一部修正
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by taiji_nakao | 2009-08-01 10:13 | お勧めの本
2009年 02月 07日
ビッグバン(宇宙創成)
サイモン・シンには、はずれがない。

フェルマーの最終定理も、暗号読解も、そしてこの、宇宙創成(文庫版のタイトル。ハードカバーはビッグバン。ややこしい)も、面白くて、一気に読んでしまった。

ビッグバンという言葉は知っていて、どうやら、宇宙が出来た瞬間のことはかなり解明されてきているらしい、ということは知っていたが、いったい、どうして宇宙を研究することが、そんなスタート地点を推定できるのか、さっぱりわかっていなかった。

この本はギリシャの哲学者から始まる。
それぞれの時代の、多くの科学者の物語が語られる。変わり者、ひねくれものもいるが、そんな人たちの物語をじっくり書き上げ、その時代と現在の両方の視点で語る。

宇宙研究には、いろいろな分野がでてくる。
天体観測もそうだし、その観測技術、解析技術、原子核物理学など・・・
まさにそれぞれの分野が織り成す歴史なのだけれど、その分野ごとに時代をさかのぼり、解説する。まずは、天体観測の歴史をかたり、次の技術の説明に入るときには、場合によっては数世紀さかのぼって説明される。

とてもわかりやすい。

次が楽しみです。
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by taiji_nakao | 2009-02-07 00:12 | お勧めの本
2008年 11月 11日
プリズン・ガール
ちょっと前に読んだ、面白かった本。

日本人の若い女性がニューヨークに留学に行って、現地で会った男と付き合って過ごしていたら、相手は麻薬密売組織の幹部で、貸したカードで麻薬を運ぶのに使われ・・
知らなくても、州をまたいでの麻薬密売は重罪で、懲役2年。

それで、刑務所の中に入っていたときの体験談。

ぜんぜん暗いわけでもなく、日々いろいろな経験をして、前向きにすごしていて、それが読んでいて心地よい。

話し相手が身の上話をすると、例えば、こんな感じ。

「彼と一緒に、お店に行ったら、彼が突然銃を取り出してね、ほら、お前、レジから金取れって。
それで、慌てて、お金をつかんで、急いで逃げて・・
でも、カメラには丸映りだったのよね。あの時、覆面をするべきだったわ」

というのもあれば、数十人を300人で押しかけて、皆殺しにした人とか・・
も、ある。

普通、そうそう身の上話はしないのだけれど、著者の性格で(また、2年という年月の間に)、聞いたりしてしまう。それを、「そうねえ」と冷静に、受け止める筆者がいい感じだ。

法律の抜け穴が無いかと、何年もずっと法律書を読み続ける人など、悲惨だなあ、と思うが、それも、どうしようもない人生なんですね。。

それから、かの国の刑務所はかなりいい加減のようです。
まあ、この国の方もどんなものかは知らないですが。
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by taiji_nakao | 2008-11-11 22:54 | お勧めの本
2008年 05月 28日
リトアニア わが運命
通勤電車の中で「立ち読み」

読んでいたらどんどん引き込まれ、加速していった。
最近、図書館で借りた中での珍しい当たりでした。

仕事で失敗したりして、へこんだりしたときに、でも「命をとられることはないのだから」って声をかけられることもありましたが、
確かに、ソ連が来て、ナチスが来て、また、ソ連が来て・・、、
という、リトアニアに比べたら、なんと日本は幸運で平和な国なんだろう。
と思います。

最後の数ページ、いったいどうなるよめず、最寄り駅についた後、そのままベンチに座って読了。筆者が大統領だと知らなかったので、予想外の終わり方でした。


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全く話題は変わりますが、久しぶりにスパゲティ。
ゴーヤが安くなってきました。
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by taiji_nakao | 2008-05-28 23:13 | お勧めの本