カテゴリ:本を読んで考え事( 12 )
2012年 10月 20日
ヘブン 川上未映子
自転車の後輪がガタガタになってしまって、本当は千里山を超えて緑地公園を下り部屋に戻ってから京都に行く予定が、ガタガタして常にブレーキ状態の自転車に力つきて、そのまま阪急に乗って京都に行くことにした。

それで、時間ができたので、南千里の田村書店で本を物色して目についたのが、川上未映子のヘブン。

どうしようもなく虐められる、中学生のお話。
ちょっと読むのもげんなりするような場面もちらほらある。ここに書かれているようないじめも存在するのだろうなとも思う。

小説で特徴的なのは、同じクラスに酷く虐められている男女が一人ずついて、密かに手紙をやり取りしたり、夏休みには「ヘブン」にデートに行ったりする。

この二人の物語だと思って読んでいたのだが、最後、女の子がどうなるかわからないで終わる。
これはあくまで、主人公である僕の物語なのだ。

物語の形式通り、主人公の僕は異界へ行き、そこからこちらの世界に戻ってきた。

終盤、虐める側に回っている一人がものすごい極論を言う。みんな、利己的に生きてるだけなんだから、お前もなんとかしたいと思うなら、自分でなんとかしろよ。おれは、お前に酷いことをしているとは思うけど、そのことを何とも思わない。お前のことは知らないよ。みたいなことをいう。

この種の理屈は、私も考えたことがある。これはもしかしたら時代性なのかもしれない。
自己責任論。ちょっとこの中学生頭よすぎだろ、と思ったけど。。

2人で理不尽な状況を耐え、ともに闘っている同志と無言で励まし合っているさまは、自己責任論を振りかざす男子に対して、そうじゃないんだ、弱いものが助け合うのが世の中なのだ、と主張しているようにも思える。

でも、その彼女は自滅の道を歩んでいき、そして僕も一緒に来るように手招きする。

とても重要なことは、一番最後いじめが発覚した時、初めて登場したかのような主人公の義理の母親が、主人公をこちらの世界に引き戻したことだと思う。

私はあなたが言うことしか信じないから、と言って。
そして、ちゃんと気持ちに理解を示した上で、控えめながら建設的に生きることを提案する。
生きるということは極論でないことや、そのほか大切なことをわかっている大人。

阪急の河原町の駅のベンチで最後まで読み終えて、つくづく、そういうことをわかっている大人になりたいなと思った。
[PR]
by taiji_nakao | 2012-10-20 01:47 | 本を読んで考え事
2012年 07月 24日
「男のロマン」についての考察
少し前に、戦後の時代小説が好きという人に勧められて「羊の目」(伊集院静)を読んだ。 とても強く、忠誠心の高いやくざが主人公の話である。
こういうのは、任侠ものというのだろうか。そういうジャンルがあるということを今まで知らなかった。
ただ、振り返ってみれば、観たことはないが、TSUTAYAなんかにも、ヤクザっぱいタイトルのDVDはいっぱいある。

本で出てくる象徴的なセリフはこんな感じである。

「ついていくと決めた人に命をかける。」
「あの人を悪く言う事は決して許さない」
「男の器量をあげる。」
「あの男が部下とは、うらやましい事だ。」
「お前がいれば、百人力だ。」

また、最後の方などは、主人公は無敵に近く、どんどん人を殺して伝説を作ったりする。

このノリはどこかでなじみのあるものだな、と思ったら、これは漫画ワンピースの空気感にそっくりである。
ワンピースは、ジャンプの王道を行くとともに、任侠ものの系譜を受け継いでいるようだ。
海賊とは海のギャングであり、ヤクザなんだから、ある意味当然かもしれない。

あからさまに醒めた書き方をしているけれど、この種の感覚をぐっと感じることは私自身もある。
おそらくは、群れの中でボスザルになりたいと思い続けた頃から脈々と続く、「男のロマン」なのだと思う。

こないだ海外旅行に行ったときに、ふとパスポートの最後のページの本人写真がある箇所の文章が目に留まって、
どういうわけか、そのとき、その文面をちゃんと読んだ。こう書いてある。

「日本国民である本旅券の所持人を通路故障なく旅行させ、かつ、同人に必要な保護扶助を与えられるよう、関係の諸官に要請する。」

その時、この一文を書いている明治の高官を想像して、ちょっとだけ胸が熱くなった。

その政府高官は、
「我々は貴殿が国外での大事な目的を、問題なく達せられるよう、関係の諸官に伝えておく。
貴殿も日本国を代表する事になるのだから、振る舞いには気をつけるように。」

みたいなことを考えている設定である。
なんとなくわかるでしょうか。。

ただこの、「男のロマン」はくせものだ。
視野が狭くなって独善的になりがちだし、
そのくせ、自分は選ばれし者なんだという発想を根底に持っていたりする。

ワンピースもそうだけれど、先の本を読んでいても、親分とオレの関係、あるいは、オレと誰それの関係が第一にあって、他の人たちの扱いはけっこう酷いシーンが多い。ワンピースのルフィの兄エースの救出作戦も、1人のために犠牲を出し過ぎであり、あんな作戦を実行する船長は最低である。

パスポートの例で言えば、文章を文字通り解釈しパスポートというものが登場した時代を想像するのは結構な事なのだろう。しかし、その妄想の中では、わざわざ、政府高官が私の旅立ちに際してコメントしているのだ。単なる一人の観光旅行者にそんなことを言う理由などない。実際には、外務省の職員が極めて事務的に判子を押すだけなのだ。

陰謀論の本とかあるいは高額な情報商材は、この「男のロマン」をくすぐっている商売だ。
歴史には事実としての陰謀はあるし、あまり知られていないが知っておくと良い事は存在するので線引きは難しいところもあるが、基本的にこの種の匂いがするところには近づかないようにしている。

「みんなは知らない真実」なんてフレーズで煽っているのはまず、アウト。
歴史は好きだし、そういう陰謀論を読んでみたい気持ちがあるのはわかっているけれど、そういう方向にこの「男のロマン」を肥大させたくない。

しかし、エネルギー源になることも事実だ。
それに、やっぱりロマンは持ちたい。夢とか、野望などともいうもの。

小説「プリンセストヨトミ」に、以下のようなセリフがある。

「女はね、知っていても放っておくの。また、男がアホな事してるなって。」

そういう風に見ることができる人が、自分も含めて身近にいれば大丈夫だと思う。
[PR]
by taiji_nakao | 2012-07-24 21:33 | 本を読んで考え事
2007年 10月 08日
一勝九敗
ユニクロ創業者、柳井正著。

やはり創業者のお話はおもしろい。
意欲を持って、突き進む。

で、ダイエーの中内功の本もそうだったけど、大きくなるとけっこう、目が届かなくてめちゃくちゃできてしまうものらしい。イギリス展開の無謀な店舗展開など。

ところで、後継者について思ったこと。
本書の中で、会社とは本来プロジェクトなのだといっている。
つまり、ある目標があって、それに向かって必要な人があつまる。
その目標が達成されたらおしまいだ。
もちろん、会社は解散というわけに行かないので、また別の目標を立てる。

この考え方でいくと、現在のユニクロは売上1兆円というプロジェクトに乗っている。
しかし、もう少し正確に言うと、「柳井正が言う売上1兆円」という目標。
ただでさえ難しいといわれるのを、彼がいなくなっては、多分できない。
なぜかというと、どうやら後継者がいないから。

一度社長に譲ったが、結局戻った。

本書を読んで思ったのは、ユニクロは急成長する最初のステップの際には、マニュアル主義を通し、社長のトップダウンで進めてきた。まあ、急成長する企業はどこもそうなのかもしれない。スピードが命、だ。

けれど、この時に、「従順な風土」ができてしまった。
この、急成長するとき、というのが、もっとも経営者が育つ時期ではなかったか、と思われる。
何しろ、新しいことをどんどんやるのだから、どんどん経験をつめる。自分が考えたことと、実際やってどうなったかを学べる。
その経験値を、ほとんど創業者が独占してしまっていたのではないか。

などと、思った。
[PR]
by taiji_nakao | 2007-10-08 23:00 | 本を読んで考え事
2007年 10月 02日
流通王 中内功とは何者だったのか / イオンが変える流通業界再編地図
ダイエーについて書かれた本を読むのは初めてでした。
木材でも何か新しいことを始めようとすると問題になるのが流通なわけです。

現場の話を聞いていると、流通の機能をもう一度確認したりする。
「流通の機能ってやっぱり大切ですね」

けれど、現状に無駄が多いのは確か。
「こんなに無駄な工程を経ないとダメなのですか」

で、それはわかってるけど、今までの付き合いを飛ばすような(いわゆる中抜き)をやると、他の同じ業態の人からにらまれる。
「(合理的でないのはわかっているけど)そんなことはできない」

だから、新しい受注の方法でとってきても、既存の流通を通す、なんてことはよくある。
「そういうものだ」

中内氏は、闘いつづけて、どこまでも勝負して、そういうしがらみを突破していったらしい。
突破するには、つまり結果を出すこと。
それから、バイニングパワー。

まあ、この本を読むだけではよくわからないけれど。
それから、流通業界というのは「ちゃんとした商売」とみなされていなかったことも知らなかった。

それで、今。
ウォルマートが他社を叩き潰してきたとかいう逸話を聞くと、うーん。とうなってしまう。
コンビニも岐路に立つ。とにかく、どんどん店舗を増やして、拡大していく、ってのはどうなんでしょう。

ということはこれからは、起業の成長とは、どうなるのでしょう。
グーグルなんかもどんどん大きくなっているわけですが。
[PR]
by taiji_nakao | 2007-10-02 23:02 | 本を読んで考え事
2007年 09月 06日
ヒトデはクモよりなぜ強い
 ちょっと草の根の市民運動にかかわった者の視点でいうと、本書の大半は草の根運動の強み・あり方をといているようにも思える。

 メンバーの自主的なコミットメント、理念を大切にすること、個々の感情を大切にすること。トップダウンでなくボトムアップであること。

 踏み込んだ話としては、重要なのは「触媒」の役割を果たす人物。ネットワーカーである。「人」に強い関心を持ち、確認の興味関心、彼自身が何をしたいと思っているかを引き出し、強いエネルギーをもって共感し、応援し、つながる人を紹介する。それを、実に楽しそうに、もちろん無償でおこなう。
 確かに、草の根運動、大学で(あるいは現在も続けて)積極的に活動している人をみると、まさにこういう、触媒たる、人がいる。なんとなくであるけれど、こういう触媒を目指す人が増えている気もする。

 ただ、やはりこの手の人材は少ない。だから、「リーダーを倒しても組織は倒れない」から触媒を倒してもあまり意味がない、と著者は言うけれど、ダメージは大きい気がする。
**

 ただし、そのヒトデ型の分散型組織を敵とするとき、中枢がないから、終われない。いつまでも沸きあがってくるように思える。たとえばアルカイダ。
**

 面白かったのは、音楽業界の歴史。昔は、職業としては、音楽家とお金を払ってそれを聞く人しかなかった。それが、レコードが現れて、レコード会社が稼ぎ、レコードを通して音楽家も稼げるようになった。ところが、ファイル交換ソフトが現れた。
 こうしてみると、昔のことを考えれば、無料でどんどん複製できてしまうというのも、「あり」なのかなと思ったりもする。つまり、音楽を録音して、それをコピーして儲ける、というスタイルは必ずしも普遍的でないかもしれない。

 そうは言っても、それを突き詰めたら、電子データはなんでもフリーだ、なんてことになる。
そうなるんだろうか?それで、職業クリエーターは生きていけるのだろうか。
**

 組織のお話。しかし、なんでも分散型ならいいというわけではない。中央集権と分散の「ちょうどいいところ」スイートスポットがあるのだ、と著者はいう。

 ところで、草の根の弱さなどあえて言うまでもないことかもしれないけれど、以前にインドで開かれた水に関するNGOのミーティングに参加したことがある。ちょうど、世界社会フォーラムがインドで行われた年で、NGOが集まるからその前に、開かれたもの。

 世界中の水の問題に取り組むNGOが150人くらいいた。
ちなみに、日本からは私しかいなかった。情報も、人も、お金もないのだ、特に日本のNGOは。私なんぞ、林業のことならまだしも、水のことなんて何もしらなかった。行くと決めたのも、その1ヶ月前より直前だった。さらに追加すると、申し込めば、誰でもいける。

 確かにこの場で、「ヒトデ型組織」の特徴である、人に興味を持ち、個々の感情を大切にする、ということの意味を知った。ワークショップというものの、存在を知った。
 というのは、何かテーマがあって、5,6人集まる。そして、「さあ、話しましょう」
日本人の私からすると、カイギというものには、事前資料があって、それに沿うことが大切という感覚があった。レジュメである。
 そんなんない。ところで、考えてみると人間一人が持つ知識とは、紙にしたら計り知れないほど膨大なわけで、その人から引き出すこと、その人の持つ力を信頼することは実は合理的である。
 一人一人、各国の事情を話したりする。
ちょっと、大きめのグループ(20人弱くらい)の場で簡単な意見を求められた。さあ、困ったが、キョウトには、地下水があったが、今はビワコから水を引いている、しかし、水道から水を簡単に得られる人々はどこから水を来たのかなど考えもしない、などといった気がする。
恥ずかしい限りで、やはり、もっとちゃんと活動している人がきて、成果と知識に基づく現状分析をすべきなんだよな、と思った。

 その会議は3日にも渡り、朝から晩までずっと英語なわけで、まあ、勉強にはなったし、何より、世界の人がこんなに近くで同じことを考え、そして共感しあう、ということに感激した。
 さて。本題はここから。
しかし、まあ、こんな具合だから、何もまとまらない。最終日に業を煮やした、一部の若手の集団が「コカコーラに対してのキャンペーンを世界で展開しよう。」といい、会議をひっぱりだした。
こちらからすれば、なんだか蚊帳の外に置かれた感覚だ。
 とはいえ、彼らと私の知識も経験も、そしてなにより、そこからくる問題意識の高さがまったく違う。その前日、中東式の飲み屋で水タバコをみたりして楽しんでいた私とはちがう。

 結局、私と同じく、急な進行に不安を持つ人も多くて、その案は流れた。
そして、最後に「水へのアクセスはヒューマンライトだ」という決議を採ることになった。
まあ、最低限の収穫ということだろう。
ところが、一人のインド人が手を上げた。そして、あの巻き舌で、必死になんだか言っている。内容はあまり聞き取れなかったが、とにかく反対しているようだった。
 その場を何とかしのいだ、コーディネーターたちを私は心から尊敬した。
これだけ、まとめようという意思に乏しい意見が出る場を粘り強く、共感をもって進行していた。
まあ、それでも何も決まらなかったのだけれど。

 ちなみに、会議の終わったあとにそのインド人に話を聞くと、「水は人間だけのものではない。私の住む村の上流には動物もたくさんいる。彼らの権利だってあるのだ」という趣旨であった。

 もうひとつついでに、この会議の中心はバンダナシヴァ(最近キョウトにきたらしい)だった。彼女は、やはりオーラを放っていて、その言葉には本当に力があった。しかし、彼女自身がいうように「ウォーリア」であり、リーダーではなかった。その過激で、非現実的な言葉に、コーディネーターたちは顔をしかめていた。

 何か成果をだすには、あの場はもう少し中央集権的になる必要があるのは間違いない。
われわれは、(敵対している)多国籍企業から学ばなければならない。と、中堅の活動家は言っていた。
[PR]
by taiji_nakao | 2007-09-06 23:21 | 本を読んで考え事
2007年 09月 04日
吉田茂とサンフランシスコ講和 上・下
現代史をもっと知りたい、というところで、さて、どこに焦点を当てようかと思っていたら、吉田茂をテーマにしているという後輩Kの影響もあって、この本にする。個人的思い入れを感じるが、(著者三浦陽一)それは情熱的であるということでもあり、読みやすい。ちょっと高かったけど。

日本が独立をしようというとき、深く関係する国々は20カ国以上もあって、それぞれに思惑があった。ソ連とアメリカはもちろん、中国、の冷戦構造だけでなく、再軍備を国家への脅威として感じていたオーストラリア、被害の大きかった国々、かつての大英帝国の、主導権をとろうとする動きなど。。

そういう、複雑な連立方程式の中にあった。アメリカ内部でも、国防省と内務省で意見は割れていたり、国防省でもGHQとワシントンの考えが違っていたり・・・
いくつかのメモ。

○戦争の恐怖
 冷戦時には、双方が両者を事実以上に脅威と捉えていたということを、読んで実際にあったということを知った。アメリカ側からすれば西は、「ちょっとでも隙があれば、攻め込んでくる。相手は世界革命を唱える恐るべき存在」であり、国土の侵略にたびたび遭ったソ連からすれば「圧倒的な軍事力を持ち、極東ののど元にあたる日本で軍備を固める相手は、帝国主義を押し進める恐るべき存在」であった。。

○選択肢はあり得た
 筆者がたびたび指摘しているのは、完全なる米国追従以外の選択肢も十分にあったということだ。専門的な知識はわからないけれど、吉田茂よりも大局観をもち、強力なブレーンを何人か抱えた人物が交渉にあたっていれば、それは可能な気がする。そういうこと自体を、敗戦国がかのうであったのかはわからないけれど。

○侵略を受けた国の心情
 最大の被害国中国、朝鮮は「事情」があって参加できなかった。本を読んでいても、確かに敗戦国日本の代表は、自分のことで必死だ。呼んでいて、被害国の心境を私もすっかり忘れていた。。それはしかし、人間としてどうか。それこそ、「人間」が問われるところだった。敗戦後ようやく外交の場にたった国が、まずは気遣うべきこと、だったと思う。
フィリピンの代表、ロハムの演説の一部の抜粋。をちょっと長いけれど、引用する。

=====================================
 六年前、諸国はこの場所に集まり、高い理想に燃えて国連憲章をつくった。しかしいまわれわれは、あのころのような楽観的な希望をもつことはできない。日本との平和条約は、かつてのサンフランシスコの精神をよみがえらせることが不可能なくらい、多くの問題に満ちている。
 わが国は、人口1800万人のうち100万の生命が奪われた。ここに受けた傷は深く、癒しはまだこれからである。
 ここで古い傷を開いてみせようとは思わない。われわれは、哀れみを乞うているのではない。ただ正義を求めているのだ。われわれが求める正義とは、互いを尊敬し合える関係を現実に築くことである。
 この条約案には不安な点が残っている。日本の民主化の保障、日本の軍国主義が復活しない保障、正当な賠償が与えられる保障。どれも不確かである。
 そのうえ、今日ここにある条約案には、われわれが実際に参加して起草した実感がない。しかしわれわれは、ソ連の反対などアメリカが直面した困難も理解している。日本が真に平和と自由に貢献するかどうかは、これからの日々にかかっている。
 日本は、1950年すでに、1人あたりの所得がアジア一位であり、工業生産指数は戦前を上まわっている。われわれの賠償要求はまったく不当なものであろうか。
 わたしは、フィリピンの人民にかわって次の言葉を日本の人民に伝えたい。
 あなたがたがわたしたちに与えた傷は、どんな黄金やこの世の物をもってしても元に戻せるものではない。しかし、運命はわれわれを隣人にした。われわれはともに生きるほかない。
 アジアには、すべて人は天下の下の兄弟だという言葉がある。しかし、ここで兄弟とは心のあり方のことであり、こころが清潔で純粋でなければ兄弟とはいえない。
 われわれは、われわれの憎しみの毒牙が埋葬される日を望んでいる。しかし、われわれが赦しと兄弟愛の手を差し伸べる前に、われわれは、心からの懺悔と新生の明らかな証が、あなたがたから送られるのを待っている・・
=====================================
[PR]
by taiji_nakao | 2007-09-04 22:54 | 本を読んで考え事
2007年 07月 29日
自壊する帝国
国家の罠に続いて、佐藤優の本。国家の罠に至る前史、スターウォーズでいうならエピソードⅠ。ロシアで如何に筆者が人脈を広げていったかとういこと、ソ連崩壊のときの空気が伝わってくる。(とはいえ、崩壊に至る構造はこれだけでは理解できなかったけど)

印象的なのは、筆者が尊敬する政治家イリイン氏が、それまで国家のために尽くしていたのに、ソ連崩壊につながったクーデター失敗の後、検察から尋問を受けるようになったあとのやりとり。

筋を曲げても妥協すれば、許してもらえるのに、頑としてそれをしない理由を、この政治家は言う。
「強いものにお願いをしてはならない。」

なぜ、筆者に気持ちを伝えるのかと聞かれて、
「・・・信念をたいせつにする人と信念を方便として使う人がいる。君は信念を大切にする人だ。周囲に他にそういう人が見あたらなかった。・・・」

最後に、長くなるけれど、そんな信念を感じる一節を引用する。
結論はありふれているが、この言葉が、とても重い。

***********************************************************
外務省サイドは田中女子と一緒に鈴木宗男氏の影響力を外務省から排除しようと、外交秘密文書を民主党や共産党に渡したり、鈴木氏に不利な情報を内密に新聞記者に流し始めた。一部の外務省幹部は私に「鈴木氏攻撃に加われ、そうすれば生き残ることができる」と助言したが、私は断った。ソ連崩壊前後の人間模様を見た経験から、盟友を裏切る人間は決して幸せな一生を送ることができないと確信していたからだ。
***********************************************************
[PR]
by taiji_nakao | 2007-07-29 16:17 | 本を読んで考え事
2007年 07月 28日
戦後アメリカ外交史
歴史をちゃんと勉強したことがない。
特に、近代史は全くで、小中では近代に入る頃には時間切れだったし、高校ではかろうじて世界史を齧っただけだ。それも、ちょっと前に話題になった履修問題に触れるか触れないかぐらい、ちょっとだけ、だ。

そんなわけで、歴史認識がない。現代に、歴史が続いている、という実感がない。第二次世界大戦は「過去のこと」としか捉えられていない。おそらく教育にも問題があると思う。中学を卒業する頃まで、ニュースで「仮想敵国」という言葉が出てくることが信じられなかった。

「戦争は終わって、平和な時代になったのに」

歴史がダイナミックな動きであり、今もなおその渦中にある、ということをずっとわからなかったし、今だってわかっていない。この本を読んでいて、現代の用語との接点が見えてくる箇所では、そのダイナミックさ、それから、やはり人がいて、歴史が形成された来たのだな、ということを実感する。

とはいえ、全体的に理解は浅い。それから、自分に歴史のものさしがないことも何度も認識させられる。1993年とか、1989年とか当然、出てくるのだけれど、「あ~それは、あれが合ったときね」という基準となるものさしがない。2000年くらいになると、最近だから、なんとなくその年の意味がわかるのだけれど。というわけで、まずは日本史を勉強して、「ものさし」をつくりたいなと思った。

**

一番印象に残ったのは、アメリカが世界のリーダー足りえたのは、それだけのビジョンを持っていた、という点。

==============================================
20世紀においてアメリカは、重要な戦争への参戦を新たな国際秩序形成の好機ととらえ、内外にその外交理念を表明してきた。ウィルソンの「14か条」の原則、F.D.ローズベルトの「大西洋憲章」、そしてG.ブッシュの「新世界秩序」構想がその現れであった。それらは、多くの国々の支持と共感を獲得した、洞察力とビジョンに満ちた提案であった。
==============================================

そもそものアメリカ建国の精神は、例えばフランクリンは、パリからアメリカへ1877年に独立戦争の意義を次のように書き送った。

==============================================
「われわれの信条は全人類の信条であり、自分自身の自由を守ることで、われわれは全人類の自由のために闘っているというのが当地での一致した観察である。これは神の摂理によってわれわれに与えられた輝かしい任務である。
==============================================

そういう普遍性を持って新しい世界を創っていこうという意思がアメリカがリーダー足りえた大きな理由だったということを改めて確認。
[PR]
by taiji_nakao | 2007-07-28 10:13 | 本を読んで考え事
2007年 07月 24日
星新一 1001話をつくった人
 星新一は高校からはまって、ずいぶん読んだ。
その人が、大企業の御曹司だったこと、その会社が倒産してしまったこと、そういうことはずっと知らなかった。

星新一が作家になったのも、

「あこがれたあげく、作家になったのではない。ほかの人と違う点である。やむを得ずなったのだ。背水の陣であったが」

ということらしい。
**

星新一の生涯を徹底して調べた評伝。筆者は最相葉月。筆者のエネルギーを感じる作品。

SFの創成期、SFにほれ込んだ人たちが、SFというジャンルを手作りで作り上げてきた、という様子もわかる。
星さんへの興味が深まりました。

それから、「まったく批判しあわず、批判が始まると仲たがい」
という体質は、ちょっと信じがたいですけど、物書きという特殊性、それから時代なんでしょうね。
[PR]
by taiji_nakao | 2007-07-24 22:46 | 本を読んで考え事
2007年 07月 19日
国家の罠
 筆者は外務省の官僚(現在休職中)。
ロシア外交を長年担当し、2000年頃鈴木宗男と一緒に積極的な外交活動を展開していたが、2002年逮捕。
 ストイックで、有能な外交官の情報屋としての仕事のこと、ロシアのこと、鈴木氏の失脚の経緯、そして、国策捜査という筆者自身の逮捕。なんとも強く、理想の高い人だ。教育論を云々するのは誰にもでできるが、こういう人物の生き様こそが真の教育(人を育てること)だと思う。

 以前、野中広務の「老兵は死なず」を読んで、鈴木宗男という人に興味があった。いくらなんでもメディアはひどいと思っていた。本書では、時代は「公平分配モデル」から「傾斜配分モデル」へ、「国際協調的愛国心」から「排外主義的ナショナリズム」へ移行する過程で、このような前者のタイプの政治家が不用になったのだ。と分析している。そして、それに加担していた筆者自身も。やっていることが本質的であっても、大きな時代のうねるの前にはどうにもならない、ということもあるらしい。
**

 私の感じるところでは、筆者のいう前者のタイプ(野中広務、鈴木宗男)のイメージは、調整と公共事業。

 まず、調整。筆者は、「複雑な連立方程式の解を求める」という表現を使っている。政治とは、この調整に尽きると思う。何かをしようとすると、それに関係する様々な人がでてくる。そこで、そのたくさんの利害をかんがみ、できるだけ利が大きく、害が許容範囲に収まるように、関係者間で調整する必要がある。それができるのは、その様々な利害関係者に「顔の利く」人でなければできない。
 しかし、どうも、最近の政治やメディアは、敵を作ってズバッと切るタイプばかりな気がする。それは、右も左も問わない。筆者のように、本当に事態をわかっている人はどの分野でもあきれているのではないだろうか。

 次に、公共事業。野中氏の「老兵は死なず」を以前読んで、町長であった野中氏は様々な改革をして成功させるのだが、その内容にちょっとひっかかる。業務の効率化や意識改革は純粋にすばらしいと思う。しかし、人がどんどん都会に流れていく、という田舎が抱える根本問題に対しての解決策は、基本的に国への陳情しかなかったように読めた。経済が成長している間はそれでもよかったかもしれないが、何より今日本は借金まみれだ。
 今求められているのは、価値創造型の経営者的為政者だろう。従業員は地域のおばあちゃんで、もみじの葉っぱを商品にするなど、ユニークな取り組みを次々と進めている四国の上勝町の笠松町長のように、新たな価値を創造していくこと。

 トップが明確なビジョンを打ち出し、それに向けて閣僚以下が調整を進めていく、というのが政治の理想なのだろう、と思われる。

 それで、今後いっそう自由経済主義が進む先では、公共事業型から価値創造型に転換していくと思われる。筆者の言う「公平分配モデル」から「傾斜配分モデル」も大雑把に言えば、そういう流れのひとつと考えられる。
 で、そうしたときに、政治のどろどろして、わかりにくい、「調整」という部分の価値がなおざりにされそうだ。というか、実際なっている。なにしろ、自分の利益でなく、他の人も利益をも調整するということは直接響きにくいし、ズバズバ断言して切り捨てる方がわかりやすい。
[PR]
by taiji_nakao | 2007-07-19 21:44 | 本を読んで考え事