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2009年 01月 12日
箱の構造設計
住宅の構造設計というのは知っていました。
アネハ事件もありましたし、木材の構造設計やってる方ととは話したことありましたし。
そこでも、建築士に比べるとマイナーという話をしてました。

昨日、たまたま、朱に交われば赤くなるというギャラリーに入りました。
このギャラリーの部屋自体を箱に見立てるという、ちょっと不思議な空間でした。

そして、箱の構造設計をされている方とお話しました。

考えてみれば、箱にだって、強度に耐えうるか、という視点での設計が必要なはずだ。
箱に入れるものの重さの密度はさまざまだし、区切ったりするし。
当然、費用対効果は求められるはずだし、工場での箱詰めの仕方とか、流通における衝撃なんかも考慮するかもしれない・・

ちょっと、作業をしているパソコンの画面を見せてもらいましたが、展開図をつくっていました。
こういう絵は、小学生のときに雑誌のおまけ以来くらい、見てません。

企画している、ハコバカというチームでは、
あまり知られていないけど、箱の形を設計している仕事があるということをもっと知ってもらいたい、と考えているそうです。

お話してくださった方の、仕事に対する誇りがとても素敵だと思いました。
職人さん、ですね。
自分の仕事が好きで、それが余り知られていないから、もっと知ってもらいたいって、仕事外でやってるんですから。
いいなあ、と思います。

今回は第3回で、今後も続いていくようなので、また行こうと思いました。
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by taiji_nakao | 2009-01-12 13:38 | ひと
2006年 06月 02日
コアー建築工房 吉瀬さん
 おととい、コアー建築工房へ聞き取り調査に行った。
OMソーラー協会のパンフで存在を知り、ウェブサイトを見て、「ここは最も進んだ工務店だ」と思った。

国産材を使った家作りをしているというのもあるけれど、「最も進んだ」と思うのは、「地域密着。真のコミュニケーション」に尽きると思う。
まず、本社にエコショップという、これはOMソーラー協会が全国の加盟工務店内への設置を進めているものだが、自然素材のよさや解説があるものを置いている。
そして、喫茶店や雑貨屋もあり、部分的な家でなく、全体的なコンセプト、暮らしの提案をしている。地域のNPO活動にも参加していて、そういうつながりなどから毎年会社が主催する感謝祭には、600人以上の地域住民が参加するという。

こうした記事を読んで、これは聞きに行かなければ、、と確信した。
こういう、本質を追求しているところで地域材は売られるようにならなければ、林業に生き残る道はないだろうと思うからである。

メールでアポをとった直後、確認の電話が鳴る。
これは、上の方と会えるのだなと思ったら、そう、社長とお話できた。

とにかく、感じたのは、「未来への強い意志」である。

例えば、情報をオープンにし、お客さんの要望をどこまでも聞く、ということを、普通の工務店は避ける。なぜなら、クレームを恐れるからである。
「~してほしい」ということ、「~と考えていたのに、~だった」ということを一つ一つ聞いていけば、費用はかさむが、それで売り上げが伸びるわけではない。

地域密着とうのも、今となってはこれを標榜しない会社の方が少ないくらいだが、本当に取り組んでいるところは少ない。
吉瀬さんは、自ら地域の環境活動(リサイクルなど)を行うNPOの役員を務めたり、地元の子供にバスケットボールを教えたりしている。あるいは、地域の雑誌やCATVへの協力など文字通り実践している。

また、国産無垢材を100%利用するというのも、同じ文脈で説明できる。
国産の供給体制は未整備なため、規格化された輸入集成材を使ったほうが楽である。そして、どちらもぱっと見では同じ木材に見える。
(別に集成材を否定しているわけではなく、ここでは無垢材を扱うのは何かと面倒だ。ということ)

これらに共通しているのは、短期的にはまずしたくない躊躇してしまうことばかりということである。お客さんに突っ込んでいかなければ、避けて避ければ、追加の要望は聞かなくて済ませることはできるし、地域活動なんてしている企業人の方が珍しいし、木材でも外材の方が扱いやすい。

では、なぜわざわざ実践するのか、あるいは、実践できるのか。。

真のコミュニケーションをしなければ、信頼を得られないということ。それほど大きくない工務店では特に、地域に受け入れられなければ商売はできないということ。これからは日本の森林を整備していかなければならないということ。
これらを実践しなければ、長期的には生き残れないと確信し、強い意志を持って、その理念に向かって進んでいるのである。

**

一方で、そこには矛盾を多く内在している、という話も何度も出てきた。
国産材の生産性を向上させれば、必然的に人件費削減に向かい、林業労働者は減る。とか、いくら地域貢献は必要とはいえ、本業あってのもの。しばらく、バスケットボールの指導は休むなど。。

こうした話を聞くほど、この人の語ることが響いてくる。
世の中は矛盾している。時に理不尽である。これは、大前提だと思う。
だから、全てを言い切ってしまう人は必ずどこかでうそをついている。
言い切ってしまえることなど、この世の中には言い切ってしまえることなどない、ということくらいなものだろう。

それでも!
未来を志向するのである。

雑誌住まいの空気まわり(PDF)の記事の中で、月の受注が0の時毎晩、夢でもうなされていたが、あるときから「自分達のしていることに関心をもってくれ、信頼してくれる人のために仕事をすればいい」と考えるようになり、以後ふんぎりがついて進んできたという。
来年から、新卒も採るというお話。

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 危機が人を創り 人が歴史を創る
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コアーのような工務店が集まって、国産材利用を推進する全国組織
地球の会が昨年から発足した。

コアー建築工房はぴか一だと思ったが、その吉瀬さんにとっても、とてもかなわない人たちが、あるいは会社が役員をしているという。
世の中は、広く、上には上がいるのだ。。

条件が悪いとか、だれそれが悪いとか、時代とか消費者が悪いなどと言って逃げず、それでも国産材を普及させるんだという強い意思をもった主体がいない限り、国産材利用を広がりえない。研究対象として、そうした主体を探していた。

ついに見つけた。
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by taiji_nakao | 2006-06-02 16:08 | ひと
2006年 04月 26日
櫻井慎也さん(2) ビジネスイノベーション ☆
G&Wの事務所には、ヘラクレス一部上場まで1022日と書かれていました(4月25日現在)。
櫻井さんは、今年で26歳。私との年の差はわずかに3つです。
話していて、自分がまだまだビジネスというものをわかっていないな、ということがわかりました。

この投稿では、この人の考える壮大なビジネスモデルの雰囲気を伝えられたら、と思います。

●櫻井さんと私の立っているところのちがい

ベンチャーフォーラムの感想では、櫻井さんを「問題解決志向タイプ」と言ったが、これは間違いだった。(そもそも、どの人にもいろいろな要素があり、その傾向の強い側面をいっているものと捉えてください)完全に、「イノベーション追求タイプ」だ。

一方、自分は共同組合的な考え方が強いのだな、ということを認識する。
京大内の環境ネットワークをつくる考え方なんか、まさにそうである。
ここでは、まず活動に参加している自分がいて、それに余裕がある人はその団体の運営に携わり、さらにそれに余裕がある人はその団体の集合であるネットワークの運営に関わる、という思想がある。
東京商工会議所の説明会に行ったとき、今の取り組みとか組織は面白くないと思ったが、私のやりたいことは、こういう協同組合なのだなとおもった。ただ、私の想定する協同組合の組合員がそこに集う理由は、土地とか業種ではなく、コンセプト(理念)であるが。

●ビジネスとは?

職人.comに集まる職人のコンセプトは、今の生活に根ざした「新しい伝統」であるのだが、ウェブのデザインも文章も統一感があって、メッセージが伝わってくる。そして、集客数は毎日1000~1500人と成功し、そこには高度情報化社会においては産業の基盤となっている情報が集っている。

こうした話を聞くと、協同組合的発想からは、この情報を活かして「新しい伝統」をつくっている人たちのビジネス全体をいかに成長させていくか、ということにまず考えがいく。
それはつまり、卒論の投稿で繰り返している、「コンセプトデザイン」「コミュニケーション」「サプライチェーン」のそれぞれを円滑にする、人・組織・システムを構築・成長させることなのだが、それを考えてしまう。
具体的には、こうして消費者が集まってくるのだから、これからは職人とのコミュニケーションを促進させるにはどうしたらいいか、などと考えるのである。

私が、自分は協同組合的発想だと思ったのは、
「ウェブで、1ページつくったら5万の売り上げがないとペイしない」
という言葉を聞いてからである。
そう、ここは一企業であって、 協同組合ではない。

櫻井さんは、職人.comの役割というのを強く自覚している。
職人.comはあくまで、職人に売り場を提供するところである。それ以上でも以下でもない。

そして、「馴れ合うこと」を強く警戒している。
似たものばかりの場にいることに甘えて堕ちていく馴れ合い集団の例なら、私だっていくらでも知っている。だから、例えば気に入った商品があっても、自分は絶対にそれを身につけることはないという。私は、ホンモノのビジネスというものの一端に触れた気がする。

●変革がなければ価値がない

 伝統技術は、すべて過去の時代の最先端技術である

この考え方は、私もいつも思うことである。今、ひとくくりに伝統工芸などといわれるものも、江戸時代や明治、あるいは昭和初期から始まったものと様々である。そこに共通しているのは、いつもその時代に合い、多くの人に受け入れられたものだったが、今は放っておいては受け入れらない、ということだけである。
したがって、今の時代には今の時代に合わせる努力が必要なのである。
そういう努力をせずに「継承する」だけで、「文化というベールに包まれるようではいけない」のだ。

 G&Wもしかりである

職人.comはある程度、成功を収めているといえる。今後の課題のひとつは、現在のウェブ作成は基本的に櫻井さん自身がしているので、この引継ぎと、職人の数を増やす、ということになる。そして、すでにG&Wは壮大な次のステップの準備をしているのである。

●在庫が限りなく0に近づく・・・ ビジネスが根本から変わる

G&Wが今準備している、dropshippingシステムは壮大だ。
もちろん、いきなりすべてのビジネスの情報がここにやってくるということはないが、将来的には流通そのものを根本的に変えてしまう。

それは例えば、最近私は「本屋さんの仕事」という、近年現れている工夫を凝らした新しい本屋さんのあり方を紹介する本に感銘を受けたが、その中で議論されていた書籍流通の根本的な問題や、私が卒論で日々頭を悩ませている木材流通で議論となっていることも、将来的には解決してしまうのである。原理的には、そうなる。

これは、恐ろしいことである。
最後にこの話をきいているとき、私の頭はスパークし始めた。
今、このシステムの開発をインドでしており、今年の8月より事業を開始するという。
この事業は40億円のビジネスとなり、だからこそ1022日後に一部上場が可能なのである。

 「今のものをより良くするだけではだめだ」

この言葉を聞いたときは、違和感を覚えた。今のものをよりよくすることからこそ、ホンモノの価値が生まれる、というのが私の信念のひとつだからだ。
だが、今回の話を聞いてそうでないこともあるのだ、と悟った。
web1.5ともいえる職人.comのビジネスを改善すれば、もちろん成長できる。
しかし、web2.0ともいえるdroshippingでは、職人.comの抱える様々な根本的な問題を解決してしまう、より普遍的なビジネスモデルなのである。ひとつひとつの改善ではとても実現できないことが、そこでは実現されてしまうのである。

櫻井さんは、ビジネスイノベーションを徹底して追及しているのだ。


* * *
ここで、今日衝動買いした、
「智慧の実のことば」 ほぼ日刊イトイ新聞語録 監修:糸井重里
にある一節は、今日の投稿に関連して、「ふるきよきものを残したい」と考える人(自分も含む)にとって示唆に富んでいると思いますので、載せておきます。

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言葉、法律、貨幣など、人と人の間をつなぐ「媒体」がなければ、
人間は、人間として、存在できないのです。

 経済学者 岩井克人
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最後に、忙しい中にもかかわらず、一学生の相手をしてくださった櫻井さんには心から感謝しています。ありがとうございました。
事業の成功を心からお祈りいたします。

○ 東証じゃなくて、ヘラクレス、でした。
はい。この辺、私、あんまよくわかってない(恥かしい・・・)
 
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by taiji_nakao | 2006-04-26 22:13 | ひと
2006年 04月 26日
櫻井慎也さん(1) 簡単な、ここまでのストーリー
先日の京大ベンチャーフォーラムでお会いしたG&W株式会社 代表取締役社長の櫻井さんの「職人.com」にすっかり惚れてしまい、会いたいとメールを送ったらお会いできるというので、今日話を聞いてきました。
もう、予想以上に大きな話で、聞くのも、整理するのも頭のキャパぎりぎりですが、今日感じたこと・新しく知った視点をちょっとでも伝えられたら、と思います。

●櫻井さんと私のつながっているところ

私の大きな問題意識のひとつに「失われていく見えない幸せ」 固有の地域文化・技術の消失 がある。
職人.comは、簡単に言えば、そうしたものを持った人たちにお金が回るシステムをいえる。
が、櫻井さん自身はそれよりもっと大きな視野をもっているということを知る。

●簡単な経歴

 10ヶ月で会社を辞める

「海外と接する仕事がしたい」
小3から中3までシンガポールで生活し、輝いている父親を見て、自分も、と思っていた。そんな想いは、就職活動のときにも持っていて、そして、みごと第一志望の全世界に支社をもつ会社に入社する。東京本社ではその実力を見込まれ、エリートコースにもなっている大阪支社に出向くことになる。

が、そこに待っていたのは、モチベーションの低い仕事環境。
極めつけは、仕事中に寝、会社の金でパチンコ、ゴルフ、そして、毎晩3時ごろまで遊んでタクシーチケットで帰る直属の上司。わずかに2年とちょっと前、世の中の不景気はどこ吹く風、そんな「遊び」に付き合わされる。

「抜け出したい」
自分の体が、嫌と言い出す。
人に気兼ねなく、一人で仕事がしたい。

そして、「こいつ(上司)のボーナス分は1ヶ月で稼ぐ」と誓って、会社を飛び出してしまう。もちろん、回りは反対の声ばかり。独立する、ということはやめる一週間前まで考えもしていなかったという。とにかく、嫌で、抜け出したかった。

 バイトと不安な日々

やめたものの、さて、何をするかと考える。
とにかく、お金を稼がなければならない。まず、以前からやっていた株のデイトレートをやるのと、携帯のネットビジネスを考える。
が、携帯のネットビジネスはすでに多くの人がやっており、ノウハウがパッケージ化されるまでになっていた。ちょっと、参入時期が遅かったのだ。
そこで、あきらめ、輸入代行ビジネスを考える。が、これもすでにやられている。
デイトレートもこのころにやめる。

輸入代行の話を友人の母親としていたら、
「海外のものを日本にもってくるより、日本のものを海外に持っていくほうがいいのでは?」
といわれる。

また、職人を紹介するサイトを作りたい、というアイディアが浮かぶ。

それに加えて、「独立できるやつ」の条件として「意識を研ぎ澄ませて街を歩いて、そこで何か感じること」(何も感じなければ資格なし)という書かれた本を読んで、不安だったが、梅田のロフトを歩いているとき、「納豆石鹸」「竹炭シャンプー」が目に留まった。「これだ!
日本独自のものを扱う総合商社をつくろう。」と思ったという。
 (このアイディアが、後の「Japan-made.com」となる)

そして、会社設立。2004年5月24日
ちなみに、アメリカのデラウェア州で代理人に申請してもらう。 この州は会社の設立・解散が容易であるため小さな州にもかかわらず、多くの大企業がここに籍をおいている。かなり、いい加減なようで。タックスヘブンの国に大企業が多いのと同じ構造のようだ。 

ここあたりから、大阪産業創造館の「創業塾」や「ウリウリ教習所」などに通う。
お金は尽きてしまったので、バイトをしながら。このころは人前で話すのも苦手で、精神的にも低位にある時期で、ADSLの販促ディレクターの研修中に首になることもあったという。
その後、学生時代にしていた警備員のバイトを始めて、そこで認められたりしながら、大阪産業創造館で出会った輸入代行をしている方に付きっ切りでウェブ作成を学んだりしながら、9月末、ついに「職人.com」をオープンさせる。

偶然天神橋商店街で出会ったアクセサリーを作っている方と意気投合、その知り合いの二人がオープン開始当時の職人となる。
2人とはいえ、アクセサリーは種類も多く、比較的よく売れて1ヶ月10万を売り上げる。
このころ、雑誌の取材では「2年で職人を300人にする」と豪語していた。

その後、少しずつ売り上げは伸びていくが、2005年3月に危機が訪れる。
当初から参加しており、売り上げの9割を計上していたアクセサリー職人が抜けることになってしまったのだ。
単純計算、それまで42万だった売り上げは10万程度になるところだったが、この時、強く 職人.comに関心を持った、ハンチング帽子をつくっている職人と出会う。
その方の貢献があって、4月もなんとか20万を売り上げる。その後、5月32万、6月65万と順調に伸ばしていく。
とはいえ、これは売り上げ高。純利益にしたら、まだまだこれだけではやっていけない。

このとき、京大ベンチャーの「のぞみ」の立ち上げを手伝ってくれないかと誘われ、(これは自給にすると、2000円くらいのバイト、となる) こうして、ひとつの収入源ができる。

そんな暮らしのなかで、京都に移る。ここで伝統文化をネットで発信したいという人とめぐり合い、また、事業に関心を持ったイギリス人とも出会い、 Japan-made.com をつくる。
マスター・マインド という理論によれば、人間の発揮できる仕事を数字で表せば、
1+1=3 1+1+1=5 になるのであり、(これ以上になると、「慣れあい」の弊害が出てくる)
3人というのは効率的なチームであるらしく、確かに仕事がはかどるようになったという。

その後は、雑誌をチェックしたり、店を回ったりして櫻井さん自ら職人を探し、現在20人になり、
ジーンズの人気ぶりも手伝って、1ヶ月に売り上げ600万を計上している。
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by taiji_nakao | 2006-04-26 18:49 | ひと
2005年 07月 28日
設計士の仕事
京都森と住まい百年の会のニュース(ちなみに、京都市内の生協店舗内にありますので、よろしければどうぞ。8月中旬には、4号が出ます。)の表紙の取材手伝い。ヘタなくせにデジカメで写真係。

 今回は、設計士の方。車両内のインテリアコーディネーターから設計事務所へ、独学で学び、1級建築士。現在独立。昨年自分の家を木造で改築。そのご自宅兼事務所にお邪魔する。

**
 お施主さんと話して、希望をまず理解する。そして、その希望が実際どうなのか。わからなかったら調べるしかない。住宅は取り扱い範囲が広くて、家具から、水周り、電気、ガス。それにこれからは、通信の配線の知識も必要だと。
 
 金銭面の問題もあるし、いろいろな要素がトレードオフの関係にあるから、いくつか案を持っていって、修正していく。そして、図面が決まれば、後は左官屋さんやらいろんな人が関わるから、ああだこうだと言いながら作っていく。 「極めて人間くさい仕事」

 家といっても、今は昔のように大工仕事を、木のことを庭のことをわかって頼むわけじゃない。時間がないし、知識もない。本当はもっと知って欲しいと思うけれど、
 技術は日進月歩。だから、ほんとに満足した家をつくっていくには、施主さんとの総合カウンセラーみたいな役割を負うことになる。

 「一番居たい部屋を意識し、作る」ことを設計の際、重要視する。
「居たい部屋を作る」
 何度も出て来た言葉。「いたい」と話し言葉で言われるとすぐにぴんと来ないが、この表現からもお施主さんに近いという感じがにじむ。

 設計事務所時代は、どうしても認可を取るためだけの、工務店からの「流し」の仕事が多かった。やはり、お施主さんとのコミュニケーションを通して作っていくのが楽しい。

 コミュニケーションはいろいろ。今は、「岩の風呂を作りたい」という要望に、それは洗いにくく、使えなくなるのが目に見えているから、そういうことを伝えるのも、ひとつ。
**

 2時間半に渡って、設計士の仕事の醍醐味を余すことなく聞くことができた感。
ほんとに素敵な方でした。 
 
 
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by taiji_nakao | 2005-07-28 01:46 | ひと