<   2006年 08月 ( 6 )   > この月の画像一覧
2006年 08月 28日
北山の里探検隊ふれあい事業
昨日は、雲ヶ畑で行われたイベントに参加。
これは、北区の山村にある、中川・小野郷・雲ヶ畑が合同で北区の街の親子をよんで、それぞれの地域の魅力を知ってもらおう、というイベント。

今年は雲ヶ畑でやるし、杉良も参加しないかと声がかかって、準備の打ち合わせから参加していた。とはいっても、ほとんど当日スタッフ状態だけれど。

イベントの内容はとても充実していた。草木染、鮎釣り、丸太磨き、木工ペイント、ちまき作り、スイカ割り、餅つき・・
売り物もいろいろあって、特に野菜やらがとても安く売られていた。
(スタッフには、金券が配られてたくさん野菜を頂いてくる)

餅つきは、5臼もついたのでこれはなかなかに大変だった。

**

そして、夜は打ち上げに参加する。
雲ヶ畑の奥の川辺の料亭で、眺めがいいし、涼しい。
開始まで時間があったので、川辺に降りて、そこでズボンをまくって水に入る。冷たい水が気持ちいい。またも、泳ぎたいという衝動に駆られるが、今度ばっかりはびしょびしょになれないし、無理。

飲み会では、ここの人の日本酒の注ぎ方(コップになみなみ入れる)に驚きながら鍋をつつく。今回のイベントは、自治会が担当していて、自治会長の方にはいろいろとお世話になっていた。

自治会長というのは、ボランタリーなものであるのに、今回のような地域の人が30人も関わるようなイベントの運営やら、また雲ヶ畑は7月の集中豪雨で集落の中で土砂崩れ・通行止めになるということもあって、その対応に追われたりと大変である。

どの地域でも、自治会というのはそういうものなのかもしれないが、イベントの打ち合わせでは、それ以外にも役所からの連絡の通達もしていて、合併による「効率化」というのはおそらくこういう形で実現している部分が大きいのだろうと思ったりする。
**

雲ヶ畑は、年々人が減っている。

一度東京に行ったが、その後戻り森林組合で働いている人も話に加わり、どんどん去っていて、そして、自分自身が残っているのも、使命感でやっとのものだという。

それをなんとかできないものかということを考えている、という話になる。
このイベントを一過性のもにするのではなく、ここからどうしていけるのか考えていきたい、(けれど、そう考える人が少ない)と。
そして、ホームページをつくりたいのだけど。
という話になる。

雲ヶ畑の魅力を自分たちなりに見て、それを伝える、ということを12月に開く、「森の文化祭」でもやろう、という話もあり、自分で一度ホームページをつくってみたいと思っていたし、それはぜひ何らかの形でやりましょう。
ということになる。

帰り際で、最後にトイレに行ったら、そこでも並んで話の続きとなり、
森の文化祭では、そういう企画をやろうという話している人がいるから、今度話しましょう。
勤め先が下鴨と聞いていたので、京都市内で打ち合わせしましょう。と言うと、
そんなら家においでよと誘われる。ただし、9月下旬までは忙しいからその後にと。
それはぜひということになる。

会長の任期は3月までで、お互い途中までだけど、、と話す。そのうち、「院にいったらいいやないか」と言われながら、自転車の帰途に着く。
[PR]
by taiji_nakao | 2006-08-28 09:30 | 参加したイベント
2006年 08月 23日
岐阜森林文化アカデミー
卒論をどうしたものかといまだ迷走中なときに、ウッドマイルズ研究会(ウッドマイルズ=木材の輸送におけるCO2排出量を計算するもの)が、森林総合研究所(以下森林総研)の研究の一部を受けて京都府内の木材流通の実態調査をしようとしている、という話を8月4日くらいに聞き、面白そうだということで、昨日、一昨日と、この森林総研が中心となった研究会に参加する。
場所は、岐阜県立森林文化アカデミーc0043368_925662.jpg
林業や木造建築のことを教えている。カテゴリーとしては、専修大学ということになるらしい。
生徒数が一学年20×2で、2年間なので全部で80人、対して教員が20名という充実ぶりや、実践重視の教育内容、地域への貢献、そしてもちろん木造の校舎がすてきだ。
木をふんだんにつかった、こんなにすてきな建物がもっと増えてほしい。
自分が働く環境がこんなんであってほしい。

自分もここで学んでみたいとも思った(実際、大卒や社会人が多い)。まあ、しかし今は何より仕事がしたい気持ちが圧倒的だけれど。

教員の一人の建築は、エココゴロでも紹介されていて、そこで「岐阜をアメリカのシリコンバレーのように、「ウッドバレーにしたい」」とあったけれど、毎年意識の高い卒業生を送り出していて、中には起業していく人もいるようで、そういう方向へ行くかもしれない。

**

研究会には、東大の大学院のエコマテリアル専攻も参加していた。ここは工学部でありながら、ライフサイクルアセスメントという切り口で、統計処理など文系的なことをしている。
夜、特に京大出身の助手の先生とはいろいろ話ができて面白かった。
才気に溢れ、教養高く、意欲ある、ミスター優秀な若手研究者という人でした。

他にも、たくさんの人と話せて楽しかった。はやり、アカデミーは林業・木材業の拠点ですね。

**

c0043368_9473523.jpg
翌日は、郡上八幡観光をする。
きれいな町並みが残り、いいところでした。
そして、川への飛び込みスポットがあって、飛び込んでいる人がいて、心から飛び込みたくなる。

ほんとに、あの高いところから飛び込むのは、気持ちよさそうだった。滞空時間が長い。

もう60%くらい飛び込むつもりになりかけたけど、着替えまでは遠いし、女性もいるのでパンツ一丁になるわけにもいかず、何度もそれを考えながら、、断腸の思いで我慢する。
[PR]
by taiji_nakao | 2006-08-23 09:52 | 参加したイベント
2006年 08月 19日
ゑ○す屋から
ゑび○屋は、出町商店街の河原町通りから入って手前の方にあるスーパーだ。
5本入り78円のきゅうりを買って袋に入れるとき、そのきゅうりの3本の一方のヘタがちぎれていて、露出した果肉がのぞいていた。それをみて、また慎重に選ばなかったことを、ちょっと後悔した。とはいっても、選んだところでどれも似たり寄ったりなのだろうけど。
このスーパーはサークルの仲間で呑んだりするときに買出しに来るので、「○びす屋クオリティ」は有名である。300円ほどのパイナップルが完熟の後だったりする。しいたけをかごに入れたとき、「かびてるよ」という友人に「そんなことあるかい」と言っていたら、本当にかびていた。
痛んでいたり、腐りかけていることは良くあることである。
**
ここに曲がっているにんじんがあり、その隣にやや曲がっているにんじん、そして曲がっていないにんじんがあったとする。
普通、曲がってないにんじんを選ぶ。

以前カナートの地下のイズミヤにいったとき、ゑびす屋に慣れている私の目には野菜がきれい過ぎるように見えた。にんじんもナスも端正で、きちっとラップに包まれている。
たぶん、曲がっていないにんじんを選び続けた結果としてこうなったのだろう。

でも、畑にはここにたどり着けなくなった野菜たちがいて、ここにたどり着かせるための苦労をしている農家の人たちがいるのだろう。
**
「曲がったにんじんでもかまわない」のだが、「曲がったにんじんより、曲がっていないにんじんを選びたい」というところが厄介だ。
でも、これが素直な気持ちだ。曲がったにんじんと、曲がってないにんじんが目の前にあれば曲がってないのを選ぶ。

物売りたちは、リスクを消費者から解放することによって、すなわち生産者側がリスクを負う(曲がったにんじんを選ぶというリスク)ということによって、消費者満足度を高めてきた。

売り手市場に長く漬かり、そこからいまだに抜け出せない木材業界は、そうしたことーリスクを負うことーをしないことが問題だ、と先の月例会の講師の先生は言っていた。

しかし、消費者が十分な情報を得たとき、その間に入る「専門家」の意向は必ずしも正しくない=消費者の利益を代表しない。
ちょっと、違うかもしれない。曲がっていないにんじんが好きな、消費者の利益は代表している。

しかし、そのために社会的犠牲が払われていること(農地に放棄される作物、農家の手間等)を問題視する人の意向は代表されていない。
**
もっと言えば、消費者は生活者になろうとしているのである。
私達は、消費者であるとともに生産者である。消費者がその権利を主張するほど、神様であるお客様が駄々をこねるほど、その声は生産側に響く。そして、その生産の上流に行くほどその声は響きをますようだ。

全てではないだろうけど、そうやってひどい職場が作られる。
一方で、消費者でお客様な人は、一方で、生産者で苦労する。

そうやって、端正なにんじんがそろえられる。

だけど、曲がってるの「が」いいじゃない。なんて、言ったらどうなるだろう。
-曲がっているにんじんを混ぜなければ
**
今、生産側はサプライヤーからメーカー、小売までトータルコストを下げている。
が、もし、当たり障りがない程度なら、消費者も社会的トータルコストを下げるカイゼン活動にちょっぴり参加するのはどうか。
**
それはつまり、失敗すれば痛んだトマトをつかまされるかも知れず、ふと気づけばしいたけにカビが生えているお店に行く??

それは嫌ですね、

あ、でも、形くらいなら、リスクを負うことはどうってことない。ランダムに積んでおいて、来た客から選んでいく。期限が迫ったら、たたき売りしなきゃならないんだから、それの根拠付けになる。

-形がきれいなものから売れていくので、売れ残ったものは安く売られてしかるべきだ。
**
こじ付けかも知れない。
[PR]
by taiji_nakao | 2006-08-19 09:54 | エッセイ
2006年 08月 18日
地域材をどう売るか?
 京都森と住まい百年の会の月例会では、6・7・8月は3ヶ月連続勉強会ということで、第一回は木材流通を研究している工学部の先生から全体像と問題点の指摘、第二回はそれを受けて、供給サイド(山、原木市場製材)から現状報告、第三回は利用側(工務店、設計者)からの報告の予定。

正直なところ、第二回の報告を聞くのはしんどかった。
やま側からのお話は、いつものパターンだ。

「昔はよかった。今はしんどい。もっと助成を・・・」

近年の傾向としては、「外材に勝てない」から「他府県材には勝てない」になったことだろう。
問題の構造は全く変わっていないのだけど。
確かに、カナダ国有林では立ち木価格が0になることもあるし、林業が産業に占めるウェイトが大きい県では補助金も大きいのだろう。

国産材でも大型工場は、ますます大型化している。

**
しかし、フロアからも含め、活発に意見交換ができたということは、大きな進歩なのだろうし、ここからしか始まりえない、ともいえると思う。
そういう意味で、とても有意義だったと思う人が多かったし、そして、盛り上がってきたところで、もう一度ある、というのもいい。
ぜひ、具体的な話が進んでほしいと思う。
**

その3回目の例会の講師の一人になっているpapakid4さんが、覚え書きに考えを書いています。

*気密化、耐火性、耐震性を追求する時代の流れとその他の変化から、プレカット(大工さんでなく、工場で機械が事前に材を刻む)と金物工法が主流になっていること

*消費者の持つ良いイメージが後押しして、国産材利用は進むだろう

*時代の流れに反するようだが、構造を見せる、「表し」に「何か」大切なものを感じていること

*そのために、同一規格・価格の乾燥された木材のストックを持ってほしいということ

あたりがポイントかと思います。

**
今、地域材を売り出すことを考えるとき、製材工場がとる道は大まかに言って、3つあると思う。

一つは、徹底してスケールメリットを追及する。
木材加工はスケールメリットが大きく働く工程である。中国木材の伊万里工場は、昨年6万5千㎥を挽いている。(製材工場の全国平均は、2000立米に満たない。)
そして今、林野庁が中心に進めている「新生産システム」では全国11ヶ所で、年間10万㎥規模の加工を目指している。
そして、こうした工場では集成材(板にして乾燥させてから、張り合わせる)が大量に作られ、これらがプレカットされて、現在の主流である大壁工法(柱の前に板を貼り、構造材は見えない)に使われる。
そして、大手住宅メーカーや大型ビルダーが取引先となる。
**

2つめは、papakid4さんのいうような、理屈だけではないよさをアピールする、「表し」の家向け。地域材であることもアピールポイントの一つとなる。こうした家への志向は確実に高まっている。それは、今までこのブログでも紹介した、チルチンびと地球の会(コアー建築工房)などに見られる。こないだ、話を伺った四季工房はこうした中でのトップランナーだろう。完全国産材、無垢材(集成材でない)、全て大工手刻み、壁・建具は職人が手がける。そして、年間200棟を建て、現在東京へ進出を準備中で、来年一部上場。
一般に、こうした家づくりは割高になることが多い。四季工房は坪70万であり、完全に富裕層を狙っている。

ただ、木材を国産材の表しにすること自体のコストは家全体で30万ほどであり、どこまで低価格で提供できるか、というところも重要である。しかし、もちろん、表しにしたら、壁もそれなりにしたいし・・となるとコストがかかったりするのだけど。

papakid4さんの覚え書きにあるように、使う側とすれば、共通価格・規格(逆に言えば、現在国産材にはこれがないということで、これはびっくり!ものなのだけれど)、そして一定のストックを持つことがあってほしい。
これらを実現するには、おそらく年間最低50棟(1500㎥くらい)を、共通価格・規格で供給する必要がある。
そのためには、現状では供給側も需要側もまとまる必要がある。
安定的に供給される体制ができれば、合理化を進めることが可能となる。

そして、何を売るか、だけでなく、どう売るか(施主への積極的な説明など)も重要になる。

**

3つめは、きめ細かい対応。
百年の会の理事の建築士は、一般流通とは違う規格を頼むととんでもない価格になってしまうことをいつも嘆いている。

また、mixiの掲示板で奈良の製材所で一軒に対して200種類を出すこともあるというくらいのきめ細かい対応をすることで、「オンリーワン」をい目指している、という書き込みがあった。
**

山林所有者も製材工場も小規模な京都府で考えると、1つ目を目指すことは現実的ではない。とすれば、2つ目と3つ目を目指すことになるのでは。

ここで、実際問題の話に移ると、大抵の製材所は当然ながら既存の売り先を持っている。京都府の製材工場は小売的な要素が強いところが多く、昔から付き合いのある工務店へ出していることころが多いようだ。

しかし、こうした売り先の工務店の多くは大手メーカーの攻勢で苦しんでいるところが多いし、コスト削減のために他府県材(あるいは外材)にシフトすること多い。こうして、徐々にシェアを落としているのが現状で、このまま行けば限りなく0に近づいていくだろう、というのが一昨年、いくつかの製材所を回った感想。

このままではいけない。そして、-製材業にとって、幸運なことに-地域材を使いたいという時代の流れがある。
こうした中では、あたらな戦略を考え直す必要があり、その際、まずは大雑把には3つあって、強みを活かしながら、新しい販路を開拓していけるのでは??
と思うわけです。

なら、それは具体的には、
製材所が、んなら うちと、うちと、うちで共通の規格を検討して、共通のストックを持ちましょうとか、
私のところなら、きめ細かいオーダーに答えますよ。 とかいう話になることだと思うのだけど、
なかなかならないのですよねえ・・・

このあたりを、どうすすめるか、だと思います。
そして、それはとっても具体的で、必ずしも理屈だけでない世界だと推測されますが、まずはモデルケースができてほしいですね。。

なんだか、まとめたようでまとまりがなくなりましたが、ここまで。

次回の月例会は、8月24日(木)19時~ @ハートピア京都 です。
[PR]
by taiji_nakao | 2006-08-18 13:22 | 山と木材のお話
2006年 08月 15日
びっくり!エコ100選
暑さにすっかりやられ、更新が滞ってしまう。
夏に生まれて、夏は好きだと思ってきたが、やはり冬の方がいい。(と夏限定でいうたちかもしれない)
とにかく汗をかくので、それだけで体力が消耗する。

ここのところは、高島屋で開かれているびっくり!エコ100選の当日スタッフのお手伝い。
京都大学からは環境保全センターが中心になって、高島屋から、オムロン、大阪ガス、関西電力、SANYOなどそうそうたる企業が協賛している、大学、企業、それに行政も一緒になった、環境問題の普及啓発のイベント。
それぞれの企業や市民の取り組みなどを100個紹介するというもので、それらがパネルや実物を一緒に展示している。目玉は、実物のベロタクシー(自転車タクシー)と、自転車発電。

最後に、何か取り組んでいることや、これからしようということを、書いてもらう。
まあ、みなさん、節電とか、書いてくれる。

やっていて思うのは、年配の方は、コンビニをしょっちゅう利用する僕らなんかよりはるかに「エコ」であること。それから、小さい子どもが、「う~ん」と考えながら書いてくれてるのをみると、きっと何か残るだろうな、という楽観がある。

ただ、確かに企業もいろいろな取り組みをするようになって(ほんとに「びっくり!」することも多い)、市民の意識も高まっているのだろうけど、リサイクルとか節電という文字ばかりを見ていて、これでいいのだろうか?と思ってみたりもする。

高島屋の担当者の方は、ほんとにがんばっていて、ボランタリーで渉外から、当日の責任者をずっと果たしている。お客さんに話しかけるところは、さすがにうまい。
そして、この実行委員長は、環境保全センターの助手の人なのだけど、総長を「メール一本で」プレイベントに呼んでしまうようなやり手。

今年で2年目だけれど、これはずっと続くのだろう。2012年までは、少なくとも続く予定らしい。企業と市民とが、ここで対話をしながら、少しずつ改善して、ホンモノのの、京都モデルが出来上がってほしいと強く思う。
(今日が最終日)
[PR]
by taiji_nakao | 2006-08-15 15:17 | 参加したイベント
2006年 08月 02日
これから
前回書いた、あるものにお金を支払うとき、そのものの機能以外の文脈(例えば生産過程)に共感して、お金を支払う「物語の消費」について。

おそらく今後、この傾向はどんどん強まる。

表面的な広告は、見透かされる。嘘の情報はバレる。

SNSのように、バーチャル形も含めて、あるコンセプト、理念を求める人たちはよりネットワークを結びやすくなる。

そこでは、そのコンセプトに本当に合っているものしか生き残れない。
そうして、買う人、売る人が一体となってコミュニティをつくり、その理念を実践していく。
そんな社会を実現していく。

そんな風になると思う。
**

だが、自分で興味のある、地域社会の自立、持続的な資源の利用といったことの実践はそう簡単でない。

そうことを実践している人に会うほど、そう思う。
国産材を使い、職人の技術を活かした家を建てていくというのは、容易なことではない。
それは一例で、いろいろな分野で、そのように、信念を曲げずに、それで生活している人たちがいる。

それは、酒を呑んで語るほど、ブログに書くほど、簡単なことではない。

そんな社会は、絶対来ると思うし、そういう実践の場にぜひ立ち会いたいと願うけど、いったい、自分に何ができるのだろう。

この、何もない自分に。

あれこれ、考えて、今も考え中だけど、結局のところ、日本に向かったマクロな取り組みにせよ、県レベルにせよ、会社レベルでも、ぜーんぶ、人のやることの総体である。

これから、こうなって、こうだから、こうあるべきで、こうすればよい。

なんて言える訳がない。

という当たり前の結論に行き着き、ほとんど何もないところから、さて、
どこに行きますか。
[PR]
by taiji_nakao | 2006-08-02 00:19 | 考え事