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2006年 09月 21日
辞めるなよ
一昨日、バイトの最後の日だった。
もう、バイトを辞めて規則正しい生活を送ろう、と思った。
やらなきゃならないこともたくさんある。

最後なら、おれが奢ったる。
と最近のお得意さんナンバーワン氏はいう。

この人が、最初に来たとき、やくざかと思った。
そのときは店が混んでいて、カウンターに座った。
店の人や女の子は他に当たって誰もいないので、話しかけたほうが良いかと思って、話しかけたら第一声、「お前はおんなか?いらねえ。あっちいけ」
である。まあ、そういわれればあっちへ行くしかないのだが。

そのあと、「さっきは悪かった。まあ、ビールでも飲め」とくる。
そんで少々話していると、就職しますという話になって、それで、「どこに就職するんや?」ときかれ、「多分、知らないと思いますが」と言ってしまった。
確かに、失礼な言い方だった。「あっち行け」

そのとき、この人は自慢の後輩を連れていた。
今日はこいつに、自由に金つかわすんや。
とかなんとかいって、出してみい。といったら、懐からなまで100万(らしい)の札束をポン、と出した。

**

それ以降、俺がこの店をよくしたる。
といいながら、店の常連となった。
さすがに、最初に来たほどのことはなかった。

一昨日最初に来たときのことを、「世の中には理不尽などうにもならないことがあるということをいいたかったんや」
といっていたが、どんなもんやら。

何が食いたい?
なんでもいいぞ。

といわれて困り、ちゅうか。
と言ってみる。

店の人は、こんな時間(午前1時半)に開いてる店あるかしらといって、探す。

それで、その先では、初めて、ふかひれだの、あわびだのをたらふく食べた。
確かに美味しかった。

特にふかひれのスープをかけたチャーハンは旨かった。
出てくるえびは大きくて、歯ごたえがあった。
などというと、子どもっぽい。

あわびは、いうほどうまいもの、とも思わないが、しかし、美味しいね。

**

ものすごい自信家で、まあ、それだけ実績も残してきたのだろうけど、いつも、いろいろ話す。
というより、言い聞かせる。
おととい一番繰り返していたのは、ちょっと意外で、「やめるなよ」だった。

最初に、自分で選んで入った会社を、ここでは自分の力を発揮できないなどといい、転職を繰り返すようなやつにはぜったいなるなよ。
そこでできねえのなら、他でもできるわけがない。そうだろ?
嫌なら、その会社を変えろ。

何度も何度も、「やめるなよ」と繰り返し、握手を求める彼は、酔っ払いとはいえ、ちょっと冷静に見ると不思議なものだ。

ただ、言ってる事にはかなり共感する。

**

暇な時間はメールをしていたし、かなりダメなバイトだったのだけど、1年半弱やっていて、店の人も名残を惜しんでくれて、今度、給料を取りに来るとき、その後、ご飯食べよ、と誘われる。

人情だなあ。と思い、もうちょっとちゃんとやってれば良かったと少し後悔する。
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by taiji_nakao | 2006-09-21 08:04 | にっき
2006年 09月 11日
止まった時間
洗濯機は一階の共同スペースにおいてある。

そこには、屋根がついていて、乾かすスペースもかねている。
日当たりが上々とはいえないが、ところによっては雨を受けるが、ありがたいスペースで、もちろん日々利用している。

そこの、パンツとかハンカチを干すあのガラガラの洗濯バサミの間に、蜂の巣ができつつあった。

振り返ると、その巣があって、それがけっこうな大きさになっていて、ピクッと身構えて、ぴたりと止まってしまう。

まさか。。

すぐに管理会社に連絡しようと考えたが、自分でどうのこうのでなく、すぐそう考えてしまうのがちょっと寂しい。

しかし、よく見ると、動いているのは手前の一匹だけで、蜂たちは未完成の巣にくっついて身動きしない。まさに、ぴたりと止まっている。という表現がそのままである。
そう、すでに処理された後なのだ。


そして、そこに干されていた靴下なども、一度干されたまま、ぴたりと止まっているのだ。
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by taiji_nakao | 2006-09-11 23:49 | エッセイ
2006年 09月 08日
就活バナシ
友達の友達が、今度コンサルを受けるから、ちょっと話してよと頼まれて軽く受けるが、そもそも最初院に行くつもりだった自分が持っている情報がほとんどないことに気づき、こないだびっくり!エコ100選で一緒だったTさんに頼む。もともと、生協の環境グループで活動していたら、京大の合同新歓などで知っていたけど、実はあまり話したことがなく、こないだイベントの帰りに来年の話してたら、アクセンチュア行くっていうから。

コンサルを相当受けたらしく、そして相当詳しい。
頼んだら、2つ返事で受けてくれた。

いざ始まると、Tさんはみっちり予定で書き込まれた、11月~3月の手帳を見ながら、いろいろ説明する。詳しい!!

俺は知らなかったことを、どんどん説明する。
コンサルの筆記試験は難しいく対策が必要なこと、外資系コンサルの多くはリクナビにも案内出さないこと。

これから、対策。
面接の練習って、みんなするもんだなあ。とか。

もう、「自分なんて、何も知らずに・・」という話しかできないことに気づく。

**

でも、就職活動を熱を入れて終えた人が2人集まると、話はヒートアップするのだ。
何せ、ほんとにそればっかり考え続け、悩んできたのだから。

(そして、しゃべり好きだから)
久々にこの手のテーマで語ってしまった。

途中からしゃべりすぎで、横で友人はあきれた顔をしていた。

しかし、Tさんは何から何まで本当に親切である。
**

友人の友人は、生命科学の院生で、研究室を無断で抜けてきたという。
それで、途中、その先生と目があって、友人と「ちょっとやべえ」という会話をしている雰囲気は、うちの研究室には皆無のものだ。

なにせ、朝九時厳守、夜は11時まで。土曜は論文の読みあわせということだ。

こんなのんきにブログ書いてるのと大違いだ。
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by taiji_nakao | 2006-09-08 21:46 | にっき
2006年 09月 07日
ウッドマイルズ
ウッドマイルズとは、木材輸送距離を明らかにし、その過程で消費されるCO2量を算出して評価するという仕組みのことで、具体的には、木材輸送距離の合計であるウッドマイレージL(km・㎥)、その過程で消費されるCO2量の合計であるウッドマイレージCO2(kg・CO2)が用いられる。

「私たちは、木材の「人と地球に優しい」という属性を、消費者が自信を持って選択するための手助けとして、また、我が国の大量消費社会の矛盾を示す尺度として、木材の産地から消費地までの距離(ウッドマイルズ)についての様々な情報を提供することが必要だと考えました。」

(趣意書 ウッドマイルズ研究会、ウッドマイルズ概論

という考え方から生まれたものである。

ウッドマイルズセミナー2006で理事の藤原敬氏は、近年県産材利用促進が各地で進められているが、より普遍的な評価基準としてウッドマイレージを導入していくことが重要であると強調している。

具体的には、日本での建築の環境評価指標であるCASBEE戸建版が現在議論されていて、そのなかで「近くの木を使うこと」が評価対象になっており、こうした中で「近いこと」の具体的な評価基準として有効である。

このように、ウッドマイルズはそれぞれの木材輸送にかかるCO2量を適切に評価し、わかりやすく提示できるものとして、今後利用されるケースが増えていく可能性が高い。
具体的には行政のグリーン調達の基準であったり、地域材への補助の根拠であったりするだろう。

また、一般消費者に大しても、例えば住宅に関して、建てられた家のマイレージの数値と全国の平均値を提示することで、環境に配慮していることを数値で伝えることができる。

このように、ウッドマイルズの一番の意味は、数値で評価することによって、木材輸送にかかるCO2排出量を減らす方向に誘導する、マクロな取り組みであるといえる。

ここで注意しなければならないのは、近くの木を使った家づくりを進める当事者にとってウッドマイレージは、

①経営方針の中では優先順位の高いところにあるべきものでない 
②少なくとも現段階では差別化戦略にさほど有効とは思えない

ということである。

このことは十分に理解されるべきであるが、現場の熱心な人たちによって運動が進められている現状を見ると、危うさを感じる。

まず①について。
現在の木材業界の一番の問題は、その組織にある。売り先に対する配慮のなさ、新しいことへの取り組みの意思の低さ、補助金依存体質・・・

その体質が全ての問題を生んでいるのだが、具体的に取り組むべき課題としても、まず品質管理であり、寸法をごまかす「空気売り」がいまだ話題になることもあるというし、乾燥は時代のニーズなのに対応が遅れている。耐震性もしかりである。

また、価格の透明性の確保も緊急の課題である。

そして、そもそも営業活動をしていないところがほとんどなのであるから、これも一般ビジネスとしては考えられない。

また、消費者へ目が向いていない。木材製品を買いたいという顧客に対してリスクを押し付けるようなことを平気でやっている。

などなど、CO2削減の前にやらなければならないことは山積みなのである。

②少なくとも現段階では差別化戦略にさほど有効とは思えない
について。

細かい数字をみても、消費者が感じるのは「そうか、CO2排出削減に役立ったのだな」ということだろう。
これはつまり、外国からの輸入材を使わなかったこと、国内でも遠くから運んでこなかったんですよ、という説明による納得とさほど変わらないと思う。
現段階では、ウッドマイレージが100キロか200キロかの違いにこだわる人がいるとは思えない。

ただし、トレーサビリティに対する関心は非常に高い。だから、こういう経路で来たということを明らかにし、それを提示することには非常に意味があるし、消費者もすんなり納得できる。

ウッドマイレージの問題点は、説明がややこしいところであり、これは説明するコストであるとともに、「うるさいな」と思われるリスクも有している。
そこまでする価値があるとは思えない。

ただ、これはあくまで現段階であって、トレーサビリティが当たり前になり、関心も高まれば、数値による評価を求める声も大きくなる可能性はある。
だが、それは少なくとも数年後、あるいは10年以上後になると思われる。

これは別の言い方をすると、現段階で地域の木に興味のある人はそうした数字がなくても納得するだろうという意味である。
これには、「それだから一般に普及しないのだ」という批判があるだろう。
だが、残念ながらウッドマイルズは、計算する前から外材に不利とわかっている時点で、外材が8割を占める時代において一般に普及し得ない、という宿命を持っているのである。
この点が、今回の文章の中での一番の論点かもしれない。

もし、林業関係では取り組みが活発であり、ウッドマイルズ以外にも多くの活動があれば、マクロな取り組みとして必要なのだから問題は少ない。

しかし、ウッドマイルズセミナーでは、「こうした関係者の集まる機会は意外に少ない」ということである。そうであろうと思われる。同じ分野にいれば、単に顔は合わせるのはよくある。この業界も狭い。しかし、それだけでは意味がない。重要なのは、何かのテーマに沿って集まり、そこに向かって多くの人が協力することである。

そして、そのテーマの性質が重要である。
第一に、集まってくる人が何をしたいと思っているかはっきりさせる必要がある。
建前はいらない。
私が、今までこうした関係者に会ってきて、熱心な人達が考えることは一つである。
「地域の木が、山にお金が還元する形で、売れて欲しい。」

国産材を国内で売っている限り、あるいは近い県内で売っている限り、それが環境にとって好ましいことに異論を唱える人などいない。

では、そのために何をするのか?
これは、その場に集まった人たちの内部から出てくるものでなければならない。
その中で、指標もあったほうがいい。
しかし、その指標は、自分たちがその数字の改善を進めることによって、地域の木が売れ、好ましい未来になっていくものでなければならない。

先にも書いたが、この業界の一番の問題はその組織にある。
その補助金体質で主体的な取り組みがないことに大きな問題がある。
いつも受身なのである。

そして、このウッドマイレージもまた、他者が評価する為のものであり、基本的に当事者にとって受身な取り組みなのである。

もう少し具体的に言うと、ウッドマイレージを減らすことを経営目標に掲げることは、ほとんどのケースにおいて現実的でないからだ。

もちろん、例えば、外材をやめて国産材で行こう、とか。他府県材をやめて地域の木を使おうというインセンティブにはなりうるが、それは前にも書いたが、わざわざ数値化しなくても、環境にいいことは自明である。

しかし、地域の木を使おうとする人たちが、マイレージを減らす努力をするのは、意味がないとは言わないが、それだけのCO2を減らすより、もっともっとやることはあるはずだ。

ウッドマイレージでの評価は、地域の木を使っている人は環境にやさしいですよ、というあと付けなのだ。それ自体が悪いといっているのではない。問題なのは、当事者にとって一番大切なのは、これから自分たちがどうしていくか、ということなのだが、それとは無関係なのである。

温暖化防止ばかりが流行る中で、何よりもCO2削減が重要になってしまっている。

7月に西日本林業経済研究会に行ったとき、島根大の小池先生は、欧米に視察に行ったとき(確かスウェーデンかフィンランドかオーストリア)、木業界の有力者は、

「われわれの使命は、より多くの木材を森林から出し、売ることだ」

という趣旨のことを言っていたという。
木材は、その製造加工のエネルギー消費が少ないから、そうすれば必然、環境にもいい。
(もちろん、持続的な森林管理であることは前提だが)

日本でも、この問題に関わる人は、もっとはっきりそう言うべきだと思う。

鹿児島の山佐木材の佐々木氏は、こういう趣旨で「儲かる林業研究会」を立ち上げているなど、そういう人はもちろんいるけれど、全体に少なすぎる。
特に行政関係。
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by taiji_nakao | 2006-09-07 09:07 | 山と木材のお話
2006年 09月 06日
伐採木材の利用にかかる炭素終始モデル?
というのがあって、これは京都議定書がらみのややこしい話。

現状では、京都議定書はCO2排出量を削減しましょう。ということは周知の通りだが、木材の話が出てくるとややこしくなる。
なぜかというと、木材は木が生長するときにCO2を吸収するからで、これをどこでカウントするのか、というところが問題となる。

今日(ウッドマイルズセミナーで)始めて知ったが、
現状では 「蓄積変化法」と「生産法」、「大気フロー法」のいずれかでもめているらしい。

これはそのはずで、日本の場合、蓄積変化法だと 210万トン(炭素換算、以下同)九州とみなされるのに、大気フロー法だと、1140万トン排出とみなされてしまうのだ。
これは、えらいこっちゃ、というわけだ。

今日のセミナーでの私の理解では、

蓄積変化法は、
森林と国内にある(国産、輸入問わず)全ての木材の炭素の蓄積の変化を見る。
たくさん輸入すれば、その分がCO2吸収に貢献したとみなされるが、
たくさん輸出しても、それはなんら貢献にならない。(むしろ、森林の蓄積を減らすのでマイナスと見られる恐れもある)

生産法は、
森林と国内で生産した(輸出したものも含む)全ての木材の炭素の蓄積の変化を見る。
たくさん輸入しても、それはなんら貢献にならない。
たくさん輸出すれば、その分CO2吸収に貢献したとみなされる。

大気フロー法は、上の二つと少し視点が異なる。
国内での、CO2の収支の変化を見る。
たくさん輸入すると、それはいずれ分解され、CO2となるので不利になる。
また、生産しても輸出してしまえばかなわないが、自国消費なら不利になる。
いわば、木材製品が「貧乏くじ」になるということだ。

日本は、大量に輸入しているから、というより、木材を大量に消費しているから、フロー法では不利になる。

これは、たいへんな議論なのです。

今に至る2時間ほど考え続けた結果、これ以降自分の考えを書くのを取りやめたました。
相当にややこしいです。
そして疲れました。

本当は、ウッドマイレージのことを書きたかったけど、また次回。
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by taiji_nakao | 2006-09-06 00:29 | 考え事
2006年 09月 05日
ウッドマイルズセミナー in 大津
森林総研のプロジェクトの一部を、ウッドマイルズ研究会が受け、その一つに流通の実態調査があって、その京都府に僕が関わるということになりそうなこともあって、このセミナーに参加する。

蹴上から地下鉄で行こうと思っていたら、ちょっと早かったし、こりゃあ、自転車で行ってしまおう、という気になる。大津までの表示が20キロ以内なら、行こうと思ったら「11キロ」 
楽勝だ。

とはいえ、そのつもりじゃなかったから、手提げだし、タオルもない。
これが困る。とにかく汗が出るから。一時間弱で到着。
**

参加していながら、ウッドマイルズというものに対して私は懐疑的だ。

ざっくり説明すると、
ウッドマイルズというのは、木材の輸送距離を明らかにして、それにかかる石油消費量を求めるというもの。ある商品(建築がまず想定されている)の、木材の輸送によって排出されたCO2量が求められるというわけだ。そして、この指標をグリーン購入とつなげようというものである。

京都府は、私も良く知っていて、お世話になっているS氏の活躍もあり一躍ウッドマイレージ認証に取り組んでいる。

ウッドマイルズに対してこれだけ力を入れることにどうしても納得できない私は、セミナーの間にそもそも論をどう切り出そうかとずっと頭を悩ませていた。
「ウッドマイルズはどこへ行こうとしているのか?」ということを、ずっと考えた。
(それについては、次々回の投稿で)
**

懇親会は、5000円だったので勢い、参加にしたのを少し後悔していたが、なんの、たくさんのものを得られた。

まず、研究会の代表運営委員で、「持続可能な森林経営の勉強部屋」の管理人である、藤原敬氏にずっと考えていた「そもそも論」を吹っかける。(相変わらずなまいきです)
納得できず、いろんな人が挨拶に来るから、その合間に考えたりして、このあたりは、また書くが、多分私は各企業体のミクロな視点にこだわっているのに対して、藤原さんたちは、全体が改善に進むようなマクロの視点に立っていることに根本的なちがいがあるのだろうという結論に至る。

それから、滋賀県庁の熱き職員。。
一人は、地域材普及が遅々として進まない現状を感情が高ぶって、なみだ目になりながら話していた。
熱心な行政の人はたくさん知ってはいたが、普通は堅くて、仕事に熱意がない人ばかり、というのがイメージ。

たぶん、熱心な人はけっこういるのだが、組織上の問題が多くて、活躍の機会(あるいはそれを知られる機会)がない、ということなのだろう、と改めて思う。

なお、ここには岐阜県庁の職員がいて、終始、「すみません」で会場を沸かせて(?)いた。この人もおもしろい人でした。

それから、宮崎県庁の職員で大阪に出てきている人は文字通りの営業マンで、話もうまいし、行政もほんといろいろだ、と思う。

それから、行政は縦割りの中での大きな後遺症の一つは、自分たちだけで全てをしようとする考えから抜け出せないことだ、
という意見はああ、そうなんだな、と納得した。
こういっていた人は、最初会ったときからして、只者でない空気を持っていたが、話を聞いていると、いろいろな「仕掛け人」のようだ。

この人(女性)の先輩にも、こうした人がいて、そして、現状になみだ目になりながらも語っていた方も後輩の女性だという。
ロールモデルがいると、自分がそう働く姿を具体的にイメージできるから、それを実現しやすい。逆に、女性は昇進するロールモデルがいないから、なかなか女性の管理職が増えない、という話は聞いたことがある。
やはりは、ひと、ということだろうか。

茨城から来ている人もいて、(自分は、わざわざ京都から出てきたが)なんて思いはすっとんだ。

刺激的な会のあと、自転車でかえる。
帰りは以外に下りが多く楽だったが、ややこわかった。
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by taiji_nakao | 2006-09-05 22:47 | 参加したイベント
2006年 09月 03日
きらきらひかる
左京区図書館で借りる。
読んだことはないが、江國香織という名前くらいは見たことがあって、借りてみる。

精神が不安定な妻と、ホモの夫という結婚生活。
この木は紅茶を好むからと言って毎日水の代わりにやったり、とか、夫の恋人がよく遊びに来たり・・という奇妙な日常生活。

そういうへんてこだと思われるようなことも、読んでいると、それもありさという気持ちになってくる。
というより、「普通ってなんですか?」という話であり、その場面を、いかにへんてこと思う人が多くても、当事者達が、「そういうもの」と受け入れれば、受け入れることができるなら、それでいいのだろう。


この物語は途中で終わっているけれど、前途多難。。
どんな人も前途多難よ、なんていっても、やはり、具体的に前途多難。


ドトールコーヒーで話を聞きましょう、と言い出したのは、やりすぎだった。
だいたい、人の家庭のことは、あくまで他人の家庭なのだし、他人にできることは限られているし、限られていなければならない。だからこそ、他人なのだから。

なかなかにたいへんな話がちらほら出てくるが、
「そりゃあ、たいへんでしたね」
と聞く。



あれこれ考えていると、純粋、というコトバの意味がわからなくなる。


とにもかくも、純粋ってのは、なかなかにたいへんなのだ。
と、おもう。
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by taiji_nakao | 2006-09-03 00:23