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2006年 12月 15日
問屋さん(メモ)
京都では、問屋の力が大きい。
10数年前では、市内の木材流通の7割以上が3つの問屋を通っていたという。

製材所→(製品市場)→問屋→小売業者→大工・工務店
の流れを「きちっと」守ってきた。

今日、ヒアリングに行った問屋の一つは、このルートは「しっかりと」守っていく、という。
もう一つは、工務店支援等の方向を模索中といっていた。

この流れはプレカット工場(大工の手刻みを事前に工場でしてしまう)の出現で、

製材所(商社)→プレカット工場→工務店 大手メーカー
の流れが太くなってきて、問屋は縮小続きなのだ。

これは、今かろうじて生き残っている 大工工務店に家一軒分を卸す小売型の製材所が、
何かしら魅力を持っているにしても、一番「昔からの付き合い」というつながりを武器に売り先を確保しているものの、全体的に縮小続きであることと同じ構造。
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by taiji_nakao | 2006-12-15 00:32 | 山と木材のお話
2006年 12月 08日
パンに納豆
こないだ、友人が家に泊まったとき、朝、食パンにマーガリンをぬって納豆をのせて食べるのを「ゲテモノだ」といわれた。

生まれてこのかた、我が家では普通のことで、確かに納豆はパンの上から落ちやすいところは問題あるけど。カリッと焼いたパンにマーガリンをぬり、納豆をのせて食べるのはおいしいのに。

納豆にご飯と同じくらい普通だと思っていたのだが・・
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by taiji_nakao | 2006-12-08 21:15 | にっき
2006年 12月 04日
まちの材木屋さん
京都の北端、伊根町の山の中の、製材工場にヒアリング調査に行った。

ぽつんと一軒建っていて、兄弟2人で30年ずっと同じスタイルで仕事をしているという。
なんと8割以上が賃引きで、しかも、その人たちは特に建築業者ではないのだ。

つまり、木の現物がほしい人たち。
山を持っていて、家を改修するいう人がまずひとつ。
ほかに、素材業者(立っている木を買って、伐って、出して、売る)が依頼するという。
売るのではなくて、委託する。

だから、その人たちは木材品を手にすることになる。
どうやら、それを近所の人に売っているのだ。
八百屋さんのような、材木屋さん。

ヒアリング中、鉄工所ではたらくおっちゃんが、車でやってきて、どうやら大型のトラックが来るときに、道の外側にくぼみがあるので、「かます」木材がほしいと。

「90センでいいんやけどな」
あれこれさがして、ちょっと古くなった、切れ端を渡す。
これは、ただ。

こんなことがしょっちゅうあるから、日曜以外は常に製材所にいるという。

こういう、なんか必要になったときに御用聞きの役割を果たしている、材木屋さんがこの製材工場のお客さんなのだ。
3年前までは、この近辺にホームセンターもなかったという。

なるほど。以前は、どこもこんな感じだったんだ。

薪ストーブに、端材を突っ込んで、ぱちぱち燃え、そこには猫が3匹いて。
寒いから、ストーブの近くで寝転ぶ。

なんだか、時間の流れが違いました。

卒論のデータとしては、あまり使えません。。
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by taiji_nakao | 2006-12-04 22:45 | 山と木材のお話
2006年 12月 02日
百年の会月例会
おととい、京都森と住まい百年の会(ウェブサイトリニューアル!)の月例会でした。

6,7,8月と連続で、「京都の木を使うには」ということで、工学部で木材流通システムの研究をする先生を講師に招いて、全体像、次に山側(林家、製材工場、木材市場)、次に街側(工務店、設計者)を招いた。どれも盛況で、活発な議論がなされたが、時間は不十分で、じゃあどうすんのよ?
ということで、「本気で京都の木を使うには」というタイトルで11月今年最後の例会が開かれた。

コーディネータの先生は、いつもながら盛り上げるのがうまい。その毒舌で、盛り上げる。なにせ、問題だらけなのだが、やはりそこをずばずば行くのがいい。現場にいない研究者の役割のひとつなのだと思う。
ただ、お施主さんにかなり「からんで」いて、スタッフとしてはひやひやして、その後、できるだけにっこり笑って、その場をわずかばかり(30分の1のささやかな)でも和んでと。
だって、これじゃ、これからおっかなくて、みんなお客さんを連れてこれないじゃないですか。
ほんとは、一番、来てほしい人であり、だからこそ、一番、気軽に喜んで来てもらいたいのに・・

さて、内容。
今回、国産材のひとつの使われ方は見えてきた、という共通認識があった。

それは、今年度から林野庁が進める新生産システムに代表されるように、大規模国産材製材工場(ないし集成材工場)が次々と誕生していることや、京都の舞鶴の林ベニヤなど、合板も全体に高騰する中で、南洋材から針葉樹、そしてスギ合板へ熱い目が向けられている。

要するに、多少の曲がりや節がどうのなんていう話を抜きに、大量に規格化して使っていこう、という話が国産材においても現れているのだ。
これは、中国での需要急増、石油高、円安、資源枯渇などによって輸入が難しくなっていることと、国産材が安くなっていることが原因である。

今、卒論で製材工場のヒアリングをしていて、結局、最近やや国産材の利用を増しているのは、天然志向で板材が売れるのというのもあるけれど、スギやヒノキが安くなっていることが大きい、という話だ。

そして、それで山を持続的に利用するのは難しく、早い話、どこも伐りっぱなしということになりかねない。というより、残念ながら、こうした大規模化できられる人工林の少なく見積もって、半分以上は放置されてしまうだろう・・
そこを何とかしなければ、というのが林学のテーマなのであり、その辺の話は研究室の先生とよくする。この辺の話はまた。

**

ところで、百年の会は、この方面とは別の道を考える人が集まっている。
いわゆる「近くの木で家を建てること」。

さて、今回の講師の一人でもあったpapakid4さんは、「近く木の方が気候が近いからいいというが、今の気密が進み乾燥した中で、それが本当に言えるか?」
と指摘していたけれど、結局のところ、「近くの木でなければお施主さんに提供できないというメリットはない」と言い切れると思う。

具体的にいうと、今、西の九州・四国では京都より安い製材品が出てくるけれど、これらを使っても、天然志向の家も、顔の見える家も作れる。

もう10年以上京都府材を「いやではありながら」使い続けている、代表理事の建築士の方は、「だって近いものをつかうのが、当然でしょ」という。
ところで、終わったあと、スタッフと美山の若い林業家と喫茶店で話していたのだけれど、その話の続きで、「本当は鉄とか使いたいよ。そっちの方がデザインもかっこいいもの」 「でも、お客さんが(近くの木を使った方)が喜ぶのだからしょうがない」

あんたのとこの山の木を使うといっているのに、あーだ、こーだ言われ、リスクは負わされ、調整はさせられ、それで利益率の低い仕事を続けている、っていうことで。
もちろん、照れ隠し半分なのだろうけど、全くもって、かっこよすぎる。

閑話休題

地域材を使った家作りというのは、おそらく、*山の視点を持っていて、*無垢を見せ(すべて出ないにしろ)、*生産者の顔を見せる というところがポイントではないかと思う。
こうした、「あらわしの家」をいかに普及させるのかというのが、おそらくこの会の課題である。

大まかに、このことは共通認識になっていたと思う。

実際は、それぞれが考えていることは違っているので、コーディネーターの先生が言うようにそれぞれが考える理想状態を共有することは重要。

では、課題はなんなのよ?

というと、それは「透明性だ」と先生は言う。

とにかく情報がない。木材以外の住宅機器は、カタログを見れば情報が充実していて、そこに載っているものが間違いなく送られていくるが、京都府産材を使うとなれば、現場に確認に行かないと使えない。

例えば、今、あの製材工場にはこんな材が手に入ったんだってことを、設計する人が知ることはない。

実際に進める上では、「横のつながり」ができないところに問題があるらしい。
製材、流通の人間はみんな「お山の大将」であり、再三「実際にできないの?」という問いに、「できない」という声が上がった。

時間が遅くなって、文章が雑になってきたので、次回に続く・・・・
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by taiji_nakao | 2006-12-02 00:50 | 参加したイベント