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2007年 07月 29日
自壊する帝国
国家の罠に続いて、佐藤優の本。国家の罠に至る前史、スターウォーズでいうならエピソードⅠ。ロシアで如何に筆者が人脈を広げていったかとういこと、ソ連崩壊のときの空気が伝わってくる。(とはいえ、崩壊に至る構造はこれだけでは理解できなかったけど)

印象的なのは、筆者が尊敬する政治家イリイン氏が、それまで国家のために尽くしていたのに、ソ連崩壊につながったクーデター失敗の後、検察から尋問を受けるようになったあとのやりとり。

筋を曲げても妥協すれば、許してもらえるのに、頑としてそれをしない理由を、この政治家は言う。
「強いものにお願いをしてはならない。」

なぜ、筆者に気持ちを伝えるのかと聞かれて、
「・・・信念をたいせつにする人と信念を方便として使う人がいる。君は信念を大切にする人だ。周囲に他にそういう人が見あたらなかった。・・・」

最後に、長くなるけれど、そんな信念を感じる一節を引用する。
結論はありふれているが、この言葉が、とても重い。

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外務省サイドは田中女子と一緒に鈴木宗男氏の影響力を外務省から排除しようと、外交秘密文書を民主党や共産党に渡したり、鈴木氏に不利な情報を内密に新聞記者に流し始めた。一部の外務省幹部は私に「鈴木氏攻撃に加われ、そうすれば生き残ることができる」と助言したが、私は断った。ソ連崩壊前後の人間模様を見た経験から、盟友を裏切る人間は決して幸せな一生を送ることができないと確信していたからだ。
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by taiji_nakao | 2007-07-29 16:17 | 本を読んで考え事
2007年 07月 28日
戦後アメリカ外交史
歴史をちゃんと勉強したことがない。
特に、近代史は全くで、小中では近代に入る頃には時間切れだったし、高校ではかろうじて世界史を齧っただけだ。それも、ちょっと前に話題になった履修問題に触れるか触れないかぐらい、ちょっとだけ、だ。

そんなわけで、歴史認識がない。現代に、歴史が続いている、という実感がない。第二次世界大戦は「過去のこと」としか捉えられていない。おそらく教育にも問題があると思う。中学を卒業する頃まで、ニュースで「仮想敵国」という言葉が出てくることが信じられなかった。

「戦争は終わって、平和な時代になったのに」

歴史がダイナミックな動きであり、今もなおその渦中にある、ということをずっとわからなかったし、今だってわかっていない。この本を読んでいて、現代の用語との接点が見えてくる箇所では、そのダイナミックさ、それから、やはり人がいて、歴史が形成された来たのだな、ということを実感する。

とはいえ、全体的に理解は浅い。それから、自分に歴史のものさしがないことも何度も認識させられる。1993年とか、1989年とか当然、出てくるのだけれど、「あ~それは、あれが合ったときね」という基準となるものさしがない。2000年くらいになると、最近だから、なんとなくその年の意味がわかるのだけれど。というわけで、まずは日本史を勉強して、「ものさし」をつくりたいなと思った。

**

一番印象に残ったのは、アメリカが世界のリーダー足りえたのは、それだけのビジョンを持っていた、という点。

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20世紀においてアメリカは、重要な戦争への参戦を新たな国際秩序形成の好機ととらえ、内外にその外交理念を表明してきた。ウィルソンの「14か条」の原則、F.D.ローズベルトの「大西洋憲章」、そしてG.ブッシュの「新世界秩序」構想がその現れであった。それらは、多くの国々の支持と共感を獲得した、洞察力とビジョンに満ちた提案であった。
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そもそものアメリカ建国の精神は、例えばフランクリンは、パリからアメリカへ1877年に独立戦争の意義を次のように書き送った。

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「われわれの信条は全人類の信条であり、自分自身の自由を守ることで、われわれは全人類の自由のために闘っているというのが当地での一致した観察である。これは神の摂理によってわれわれに与えられた輝かしい任務である。
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そういう普遍性を持って新しい世界を創っていこうという意思がアメリカがリーダー足りえた大きな理由だったということを改めて確認。
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by taiji_nakao | 2007-07-28 10:13 | 本を読んで考え事
2007年 07月 24日
自分の仕事をつくる
筆者は「働き方研究家」
クリエーターの話。

いい仕事がなくなった今、もう一度心を込めた仕事を取り戻そう。
というのが概略。

ほんとにひどい仕事が多い。
バイトである店員は、日本語でない言葉をしゃべったり、棒読みだったりする。
というサービスも含め。モノもひどいものが多い。
それはいつも感じることだ。

ただ、それっていうのは、その商品・サービスがキャズムを超えてしまった、ということなのかもしれない。
前にも一度書いたけれど
**
イノベーター理論によれば、市場では、まず新商品に敏感なユーザー、イノベーターと呼ばれる層がチャレンジして買う。およそ2.5%。続いて、アリーアダプターが13.5%。このあたりの層の人たちは、自分で新しいことを勉強して取り入れる。つまり、フォローアップがそれほど必要でない。純粋に技術だけで売れる、とも言える。
**
ということである。

古くからのネットユーザーは最近のユーザーは礼儀がなってないという。
スキーヤーが「最近の若者のマナーの悪さ」を嘆き、古くから車に乗る人は、バックもろくにできない運転手に呆れる。

イノベーター、アリーアダプターは自分で考え、工夫していた。もちろん、様々なリスクも承知していたし、技術もたかった。要求も高いから、作る側も技術的な高レベルを追求し、それなりに高価であった。

クリエーターを取材して、「じぶんで仕事をつくる」
的な本はちらほら見るけれど、そこでいわれているのは、つまりはイノベーターやアリーアダプターを狙え、ということに集約できるかもしれない。

それは、センスの問題かもしれない。
こないだの、ブロガー飲みでも話題にあった。
アメリカの消費者の大部分は、それほどいいものを求めない。しかし、上位層に非常に洗練された消費者層があり、その消費がアメリカの先端産業を牽引している、といった内容だった。このことは印象的だった。
日本の消費者も洗練されていることで有名だったが、だんだんそうでなくなっているとも。

いずれにしても、いい仕事をしようとするなら、こうしたハイセンスの層を狙わなければならないし、そういうお客さんに育ててもらう必要がある。こういうことは、昔から言われていることではある。

ただ、これはこのブログでいつも書いていることでもあるけれど、この本の筆者がまるで「一般的むけ」かのような語り口で書いている点が気になる。
こういう、仕事は絶対数は少ない。
イノベーターとアリーアダプターはあわせても15%なのであるから、供給側としてもそれ以下は薄利になることを考慮しても、半分は、キャズムを超えた商品に関わる仕事、ということになるでしょう。

ハイセンスな仕事に就くのも続けるのもしんどいし、能力が要る。
で、そういう仕事と一般的な商品の仕事を比べてもなあ、と思う。
でも、主張はとても共感できる。
まとまりがなくなってきたので、この辺で。
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by taiji_nakao | 2007-07-24 23:09
2007年 07月 24日
星新一 1001話をつくった人
 星新一は高校からはまって、ずいぶん読んだ。
その人が、大企業の御曹司だったこと、その会社が倒産してしまったこと、そういうことはずっと知らなかった。

星新一が作家になったのも、

「あこがれたあげく、作家になったのではない。ほかの人と違う点である。やむを得ずなったのだ。背水の陣であったが」

ということらしい。
**

星新一の生涯を徹底して調べた評伝。筆者は最相葉月。筆者のエネルギーを感じる作品。

SFの創成期、SFにほれ込んだ人たちが、SFというジャンルを手作りで作り上げてきた、という様子もわかる。
星さんへの興味が深まりました。

それから、「まったく批判しあわず、批判が始まると仲たがい」
という体質は、ちょっと信じがたいですけど、物書きという特殊性、それから時代なんでしょうね。
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by taiji_nakao | 2007-07-24 22:46 | 本を読んで考え事
2007年 07月 22日
包丁研ぎ
今、豊中市に住んでいる。今日、そろそろ菜切り包丁の切れ味が悪くなったのと、さびてしょうがないので、買ったお店に行った。
包丁を研いでくれる、という話だったから。この店のあばあちゃんはいい人で、商売人なのだが、その息子さん(といっても50前後)は余りやる気がない感じ。そして、昨日当たったのは息子さん。包丁研いでいただきたいのですが、と言ったら、
「研ぐところに出すのがこないだだったから、時間かかるよ」
「どのくらいですか?」
「水、木に来たから、時間かかるよ」
「今出すと、渡すのが水か木になるということですか」
「いや、いつになるかはわからないよ。毎回違うから。どのくらいかかるかわからないよ」
ニュアンスが伝わりにくいが、要は何を聞いても「私にはわからない。とにかく時間がかかる」の一点張り。だんだん腹が立ってきて、やる気ないな、とつぶやいて去る。ちょっと、大人気なかった。

それで、今日。庄内のTSUTAYAにCDを返す用があって、その近くに包丁を研いでくれる店があったから、そこに行ってみることにする。
包丁とTSUTAYAのケースがかばんの中に入っている。
ポストに入れるとき、包丁を間違えて入れないかと心配になる。これは、橋の上で帽子を持って、離したらどうなるだろう?と思えて、離したくてしょうがなくなるのに似ていた。
包丁を入れたら、一種の脅迫になりそうだ。

ただでさえ、包丁を持ち歩くのは怪しいと思われる時代だ。しかし、菜切り包丁で人は刺せないようなあ、どちらかといえば切らなきゃダメだな、などと考えて、ちょっと気持ち悪くなる。

路地を入ったところをしばしうろうろして、ようやく見つける。
「かさ修理、包丁・ハサミ研ぎ」の看板。これだ。
玄関はいたって普通の家。御用の方はピンポンを。とあるけれど、すぐそこの部屋からテレビの音が漏れていて、人の気配がする。

「すみません」
「は~い」
「あの、包丁を研いでもらいたいのですが」

「あのね、お父さん死んじゃったから、研げないです。」
「はあ」
「死んじゃったから、包丁はとげへんのです。 (*語尾は怪しい)
すみませんねえ」

なんとも豊中的、と思った。

豊中はなんだか、庶民的というか、昔の感じが残っていて、個人商店も多い。ちょっと路地に入ると、舗装されていない道も多い。まあ、一面ですが、けっこう好きです。20年以上変わってないだろう銭湯とか。
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by taiji_nakao | 2007-07-22 13:12 | にっき
2007年 07月 22日
イサキのワイン蒸し
 4月からmixiの方でずっと書いてきた「料理日記」をこちらで書くことにした。
こないだ、大西さんが「ブログやってて、mixiを始めた人はみんなブログに帰ってくる」っておっしゃってましたけど、その心境です。

 mixiからの移転はおいおいするにして、ちょっと今までの料理日記のまとめ。

*自炊する時間があるので、4~6月はほぼ毎日自炊していた。(最近はぼつぼつ)
*近くの商店街で、菜きり包丁と出刃包丁(魚下ろし用)を購入。
*服部駅前にあるオリーブオイルの専門店、「チプレッソ」をゴールデンウィークに偶然発見、昨日その時買ったのが切れて、買いに行く。
*住んでいるところはレオパレスなので、電気調理器で火力は弱い。
*七輪を購入。
*あれこれと凝っているが、実際それほど料理に詳しいわけでなく、だいたいが我流。最近、これではいかんと、魚のさばき方の本を買った。

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チプレッソでお勧めのパン屋さんを聞いたら、豊中市桜塚南の「メルク」が一番と昨日パンを買ってくる。というわけで、昨日のお昼、今朝、今日の昼はずっとパン食。
オリーブオイルにはぴったり。

で、昨日豊南市場で買ってきたイサキをオリーブオイルでちょっと焼いてから、塩・コショウ・オレガノを振りかけて、ローリエを入れて、白ワインを注いで、蒸す、というより煮る。
鍋に入りきれなくて、フライパンに。フライパンにも入りきらなかったけれど。

さっぱりしていて、おいしかった。
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by taiji_nakao | 2007-07-22 12:58 | 料理
2007年 07月 19日
国家の罠
 筆者は外務省の官僚(現在休職中)。
ロシア外交を長年担当し、2000年頃鈴木宗男と一緒に積極的な外交活動を展開していたが、2002年逮捕。
 ストイックで、有能な外交官の情報屋としての仕事のこと、ロシアのこと、鈴木氏の失脚の経緯、そして、国策捜査という筆者自身の逮捕。なんとも強く、理想の高い人だ。教育論を云々するのは誰にもでできるが、こういう人物の生き様こそが真の教育(人を育てること)だと思う。

 以前、野中広務の「老兵は死なず」を読んで、鈴木宗男という人に興味があった。いくらなんでもメディアはひどいと思っていた。本書では、時代は「公平分配モデル」から「傾斜配分モデル」へ、「国際協調的愛国心」から「排外主義的ナショナリズム」へ移行する過程で、このような前者のタイプの政治家が不用になったのだ。と分析している。そして、それに加担していた筆者自身も。やっていることが本質的であっても、大きな時代のうねるの前にはどうにもならない、ということもあるらしい。
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 私の感じるところでは、筆者のいう前者のタイプ(野中広務、鈴木宗男)のイメージは、調整と公共事業。

 まず、調整。筆者は、「複雑な連立方程式の解を求める」という表現を使っている。政治とは、この調整に尽きると思う。何かをしようとすると、それに関係する様々な人がでてくる。そこで、そのたくさんの利害をかんがみ、できるだけ利が大きく、害が許容範囲に収まるように、関係者間で調整する必要がある。それができるのは、その様々な利害関係者に「顔の利く」人でなければできない。
 しかし、どうも、最近の政治やメディアは、敵を作ってズバッと切るタイプばかりな気がする。それは、右も左も問わない。筆者のように、本当に事態をわかっている人はどの分野でもあきれているのではないだろうか。

 次に、公共事業。野中氏の「老兵は死なず」を以前読んで、町長であった野中氏は様々な改革をして成功させるのだが、その内容にちょっとひっかかる。業務の効率化や意識改革は純粋にすばらしいと思う。しかし、人がどんどん都会に流れていく、という田舎が抱える根本問題に対しての解決策は、基本的に国への陳情しかなかったように読めた。経済が成長している間はそれでもよかったかもしれないが、何より今日本は借金まみれだ。
 今求められているのは、価値創造型の経営者的為政者だろう。従業員は地域のおばあちゃんで、もみじの葉っぱを商品にするなど、ユニークな取り組みを次々と進めている四国の上勝町の笠松町長のように、新たな価値を創造していくこと。

 トップが明確なビジョンを打ち出し、それに向けて閣僚以下が調整を進めていく、というのが政治の理想なのだろう、と思われる。

 それで、今後いっそう自由経済主義が進む先では、公共事業型から価値創造型に転換していくと思われる。筆者の言う「公平分配モデル」から「傾斜配分モデル」も大雑把に言えば、そういう流れのひとつと考えられる。
 で、そうしたときに、政治のどろどろして、わかりにくい、「調整」という部分の価値がなおざりにされそうだ。というか、実際なっている。なにしろ、自分の利益でなく、他の人も利益をも調整するということは直接響きにくいし、ズバズバ断言して切り捨てる方がわかりやすい。
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by taiji_nakao | 2007-07-19 21:44 | 本を読んで考え事
2007年 07月 17日
ブロガー飲み会
c0043368_038815.jpg先ほどまで、ブロガー飲み会に参加。
小島さんと会いましょうという話が、ブロガー飲み会に発展しました。大西様、おおた様、ヤース様、小島様、と私。ずいぶんと、ひとり場違いであります。

写真。写真ではあまり笑うのはよくない、という話があったので、ぜんたいにわらっていません。
でも、ちょっと私のはにらみが入ってますね。。

とても刺激的な談義が繰り広げられました。
いろいろな話題が展開していきました。
ブログ談義に関しては、最近はぱらぱら見ているだけだったので、全くついていけませんでした。。もう少し、ブロガーになろうと思いました。

全体を総括してしまうならば、「日本、アカンヨ」という話が多く、私なんかが認識しているよりも、ずっと事態は深刻のようです。勉強不足です。
「まあしかし、、なんていっても、」と続く内容もあったのですけれども。

それから、私の個人的な話にもご意見をいただきました。こちらは、全会一致で「アカンヨ」でした。
もうしばらくは様子見しますが、もう一度、事態をちゃんと見つめないといけません。いずれにしても、今実力をつける、今後環境がちゃんと整備されるのかということを見極める、ということを改めて思いました。

とても刺激的で、楽しかったです。そして、広い意味で「自分の立っている位置」というものを考えさせられました。

外は、また雨が降っています。。。
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by taiji_nakao | 2007-07-17 01:18 | にっき
2007年 07月 10日
なぜ「エライ人」は馬鹿になるのか? /  遇キャリ /  イッセー尾形の人生コーチング 
ここ数日で読んだ本。

なぜ「エライ人」は馬鹿になるのか?

読んでいて嫌になる。
別にエラクもないが、心当たる点が多い。
というより、最近、そういう自分が見えて嫌になっている。
だから、この本を買ったんですが。

特別扱いしてもらいたいという心理がある。
演説グセまでいかないが、演説するのが好き。(そういう自分は嫌いでも、したいという心理がある。)酒を飲んで、いい気になるとつまらない演説を始める。
そして、周りの人のダメさが目に付く。

本書を読む限り、人は立場が上になるほど、「馬鹿なエライ人」になりやすく、というよりならないでいることが難しくなるものらしい。
そして、それは日々の内省と、そうならない、耳に痛いことをちゃんと聞く習慣を意識的に創るしかないという。

では、どういう心構えでいればいいのか。
ひとつ、この本の中から響いたのは、
「より具体的に考え、話すこと」
**

遇キャリ

ちょっと、違うタイプの本。
世の中キャリアブームで、自己分析して未来設計して、「夢実現」なんていってるけど、本当にそうかいな。という考えが動機にある本。

その点は非常に共感できる。
生きるということは、もっと偶然に満ちているし、だいたい自己分析をして「本当の自分」を知る。などということは、「本当の自分」がいるという前提がおかしい。

この本では、偶然を生かしながらキャリアを築いてきた10人を紹介している。
10人とも、経歴は面白い。
ただ、この本では彼らから「学ぶ点」を要約している。けど、ここを読んでいると疑問を持つ。
10人とも、成功した人である。

成功した人は、運がよく、忍耐強く物事に取り組み、能力がある という点で共通している。
というのは、誰しも言われなくてもわかっている。
けれど、そういうことである。要約すれば、そういうことになる。
10人の「偶然」をみると、知人の社長から留学費用を借りる、とか、「偶然受けた」リクルートを受かるとか、要するにこの人は能力が高いんだな、と思う。

ビジョナリーピープルなど、成功している人に本質的に共通する部分を分析した質の高い本はあるし、この本にも
「大きな夢ばかりを見るのでなく、地道に続けること」
「関係ないと思われる偶然を大切にすること」
「漠然と出いいから夢を持ち続けること」などのメッセージもある。

けれど、成功を目的としているところに疑問を持ってしまう。
だって、成功しようとするなら、やっぱり夢、ある程度の計画は持つべきなのはこれまた、自明のことだもの。それこそが、「遇キャリ」で批判したい点ではなかったのか。

**

そんな中で、

人生コーチング

はよかった。

「困りなさい」
「とりあえず見なさい」
「率先して周りの人のために失敗せよ」
「恥をかくことはやさしい、勇気あること」
「困っている人が主役」
「あたふたを楽しむ」

そして、他人をよくよく観察すること。
自分なんてわからない。物事をよく観察する。

何かを恥ずかしがったりするような、欠点も個性。

そういう言葉に共感する。

「とらえどころのないものをやり続ける」
ほとんどの人にとって人生とはこんなもんだろうと思う。

もちろん、
何かを実現させたいと思っているなら、恥や失敗ばかりでは前に進めない。

ただ、本当に周りの欠点ばかりを見て、それを口にしている自分に嫌気が差して、もう嫌で嫌だった昨日、偶然ジュンク堂で見つけたこの本に感謝。
思えば、ブログで紹介された「エライ人」本をアマゾンで注文したのも最近。

もやもやはいつまでもどこかに残っていそうだけど、そんなもんなんだろう。
今日は、すこし違った場面がいくつかあった気がする。

*別に荒んだ生活をしているわけではありません。
自意識過剰なのが、根本にあるんでしょう。
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by taiji_nakao | 2007-07-10 22:21 | 本を読んで考え事
2007年 07月 08日
インテル戦略転換 サムスン電子
インテル戦略転換。。

時代は変化し、今までの成功体験が通用しなくなる。
その時のことを克明に書いてある。
何がおきているのかわからない。
わかっていても、今までやってきたことを手放さなければならない苦痛をなかなか受け入れることができない、その葛藤。
しかし、自分自身を変えることなしに、その転換についていくことはできない。

経営者の苦悩がリアルに伝わってくる。

-企業は守ってくれない。
特に問題があったわけでないのに、解雇されていった人はそういっていた。
いろいろな、-法的には問題のない、居にくくなるようなことをされたという。後で、、そのように解雇するための「マニュアル」があると知り、それをみたら、マニュアルどおりだったらしい。

変化に対応するということは、既存の事業を停止する。
できる限りを人材の再配置で乗り越えようとしても、やはり全員を雇い続けることが難しくなる。いったいどうしたらいいのか。
単純に言うなら、その人たちに変わってもらう、ということになる。
しかし、常に変わり続けなければならない。とは、とても大変なことだ。
新しい人を呼んだほうが、能力で劣っていてもスムーズにことが進む。
**

経営陣が迷走している間も、現場の中間管理職はすでに新たな変化に対応すべく準備していた。というのは、興味深い。現場の人間は早くから変化に気づく。そして、心ある人は行動する。しようとする。それをいかに助けるか、耳を傾けられるか、ということ。

**

サムスン電子。
エリート集団。経営が、会長、経営陣、構造調整本部。それから、未来戦略グループといったところで役割分担されている点が興味深い。が、ここまでシステマティックならば「会長」という位置はそろそろ組織的に機能させないとだめでは。
世襲の息子を育成中というが、親より難しい次世代を同じように担うのは無理なんじゃ。。

人材に対する貪欲さ。
本書は、2002年出版でサムスン賞賛に近い。
最近、やや元気のないらしいサムスンはどうなんでしょう。

ここでも、変化に対応というのがキーになっている。構造調整本部とは、ネーミングがすごい。
つまり、いつも変化に対応し続けよう、という。

選択と集中。
どこも大企業がしのぎを削って経営資源を投入したら、それは勝つには的を絞って集中的に市内とかなうまい。しかし、それだけはリスキー。組み合わせが、価値を生み出す。

その点、商社っていったいどうなんでしょう?
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by taiji_nakao | 2007-07-08 21:52