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2012年 11月 04日
「無料なのに素晴らしい」は死語になる
金融日記の藤沢氏のブログ記事、「コンテンツの時代」を読んだ。相変わらずの身もふたもないカラーが発揮されている。

簡単にまとめると、インターネットの時代になってみなが発信できる時代になって、いままで以上にアマチュアにクリエーターとしての役割が期待された。だが、ふたを開けてみるとコンテンツを提供している人は一握りであり、そういう人はみな、ちゃんと金銭の見返りが得られるところに集まっている。

結局のところ、自由で無料のインターネットが、豊かなコンテンツを次々に生み出すことはなかったのだ。

というわけである。

藤沢氏は全般的に身もふたもない書き方をするけれど、確かにそれは一面の真実だ、という思うことが多い。この記事もそうなのだが、そうなのだが、コメントに残している人もいるように、腑に落ちないところがある。


こうして多くのコンテンツが、素人クリエイターにより制作され、人々はほぼ無料でコンテンツを楽しめるようになるというのが大方の予測だった。

そういう時代の空気は確かにあった。だが、その結果が、

無償のクリエイターにより作られる無料の面白いコンテンツなど、ほとんどないのである。

と言われるとう〜ん。そんなことないよ、あれもあるよ、これもあるよ、と言いたくなる。
「ほとんどない」と言っているのであって、「ない」とは言っていないので、ここでその例を出すのは議論としては野暮なのだが、腑に落ちなかった心境を説明するために、いくつか最近面白いと思った無料コンテンツを紹介する。

森のくまさんの謎
多くの人に親しまれた童謡「森のくまさん」なのだが、歌詞をよくみるとおかしなところがある。
だが、それには隠された謎があったのだ、ということを理詰めで説明している力作である。

完全に一致な画像集
にちゃんねるまとめサイトで、全然違うもの同士なんだけどよく似ている、という画像を集めたスレのまとめ。これを一人で作ろうとしたら、高いセンスと相当な時間が必要でほとんど不可能だと思われる。

twitterやらfacebook経由でこういったコンテンツに触れたことがある人なら、

無償のクリエイターにより作られる無料の面白いコンテンツなど、ほとんどないのである。

と言われたら、そんなことはないよ、と思うのが人間というものだ。
だから腑に落ちないのだが、しかし、最近ウェブ上でも有料コンテンツが増えてきていることははっきりと感じる。

私が触れるコンテンツも有料経由のものが少しずつ多くなってきている。
有料メルマガを購読したり、閲覧するには有料会員になる必要のあるブログというのもある。
さらに、最近オープンした、週150円の cakesの会員になるのも時間の問題な気がする。

* * *

この辺のもやもやを整理するために、状況を掘り下げて考えてみると、

「金のためではない」人々の創作意欲により良質なコンテンツが継続的に作られることはなく

という点がポイントだと思う。有料メルマガをやるなら、毎週一定以上のクオリティの文章を書き続けなければならない。これは、文才や知識に加えて、きちんと毎週書く習慣を維持できる資質と、その時間があるということが必要になってくる。

そして、これらの条件に合致する人というのは少なくて、その結果、アルファブロガーもアゴラの投稿者も有料メルマガを発行している人も、同じようなメンバーになってしまうのだろう。

別の視点からみると、そのような人をメディアが育てることができるのか、ということになる。
物書きという点では、新聞社や雑誌、そして出版社が育ててきた。
そのようなメディアが今後、ウェブ上で登場するだろう。となれば、彼らを食べさせる仕組みが必要で、その仕組みが今作られているところ、というわけなのだ。

さて。
では、無料のコンテンツはどこへ行くのか。優れたコンテンツはすべて有料になってしまうのだろうか。そんなことはないと思う。

* * *

学生時代に、趣味で木製のからくりおもちゃを作っている方にお会いして、ご自宅の自作おもちゃを見せていただいたことがある。例えば、お茶運びじかけのおもちゃ。畳の上で向かい合ったところでねじを巻いて手を離すと、半円状にぐるっと回って移動してきて、私のまえに来たら、お辞儀をして、中にあるコップを持ち上げた。あるいは、球体に人形がくっついていて、坂を転がすと、その人形が器用に手足を動かしてバク転を繰り返すものもあった。何年も前の話なので細かい点はうろ覚えだが、次々と出てくる、動力源はねじ巻きのみ、ねじ巻き以外はすべて木製の魔法のようなおもちゃに圧倒されたことははっきり覚えている。

元々エンジニアで設計をする仕事をしていたらしく、おもちゃを作るときの図面は本格的だった。きれいな線で書かれた図面を見せながら、設計の時に体積を計算する必要があって、久しぶりに積分計算をしましたよ、と笑っていた。特に精度が要求される部品については、その部品を作るための道具まで自作しているという。

木製からくりおもちゃの世界のことは知らないが、これほどのものを作れる人はそうそうはいないと思う。知り合いには個展を開くようにといつも勧められていたそうだが、そういったことにはあまり興味がないようだった。お金を稼ごうなどとは、夢にも思っていないだろう。

そういうクリエーターはたくさんいる。
日本には、そんな隠れたクリエーターが特にたくさんいるような気がする。
そして、今までは見つけることが難しかった、そんなクリエーターたちとの出会いをインターネットが可能にしてくれるだろう。

* * *

ウェブの世界では無料であることを過度に礼賛する傾向がある。

しかし、単発のコンテンツを評価する場合、それが「無料か否か」を問うこと自体、意味があることなのだろうか。

その無料コンテンツは、趣味の時間にこつこつと、生涯を掛けて作った渾身の作品かもしれない。
その有料コンテンツは、バイトがルーティンワークでこなした結果かもしれない。

お金を払う理由は、必ずしもコンテンツの質に関連するのではない。
毎週同じテーマのコンテンツを欲しているからかもしれない。検索して探す手間を省くためかもしれない。あるいは、クリエーターへの応援の気持ちもあるかもしれない。

2012年現在、制服をちゃんと着ている真面目そうな学生が席を譲るより、金髪のお兄ちゃんが席を譲る方に目がいきがちだし、話題にされやすい。その心の中では、「金髪の若者は不良」というステレオタイプな前提がある。しかし、津田大介氏のような、金髪だけどまじめな著名人も出てきたわけだし、もういい加減、その前提は変えた方が良い考える人は増えてきている。

同じように、「無料なのに素晴らしい」という話題の前提にある、「無料で提供されているコンテンツは低質なはずだ」という前提を改める時期に来ているのだと思う。
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by taiji_nakao | 2012-11-04 10:37 | 考え事