2012年 08月 16日
帰省雑感
この夏は、高校の卒業10周年の同窓会というのもあったので、久しぶりにお盆に実家に帰る。

高校の同窓会、ちょっと変わっていて、卒業後、10年の他、20年、30年、40年、50年!の人も一緒の「全体会」というのがある。

書面の案内が来ただけで、幹事からの連絡もなかったから、まあ、少ないだろうなと思ったら、なんと270人いたうちの8人しかいなかった。興味半分で行くことにしたのだけれど、20人はいるかと思っていた・・

ちなみに、上の世代はもっと多く、特に40年(69歳)の代は50人くらいいた。

これは、最近の若者の傾向と思いきや、そういうものらしく、上の年代の方が集まっていくものだという。まあ、普通に平日だし、若いほうが集まれないよね。。。

ちなみに、男子校なので、参加者は全員男。
現校長は、国公立なのに男子校という希少性を誇りにしていた。北関東にしかないらしい。

世界は広いということを、高校生ぐらいの年齢なら知っておくべきだし、男子校はやめた方がいいと思っているけれど、85キロを夜通し歩くというイベントを強行できてしまう高校があってもいいのかもしれない。

ちなみに、昨年は暴走族のあんちゃんがこのイベント中に歩いている学生に消火器をふざけてかけるということをしたら、警察沙汰となり、なんと下野新聞の2面を飾ったそうである。
そして、その本人は「こんなに大きな騒ぎになるとは思わなかった」といって自首したらしい。

黙っていればバレる可能性は極めて低く、立証することは困難であることを思うと、田舎の論理を思うのと、平和だと思う。

***

先生も3人しかきておらず、一番会いたい先生には会えなかったけど、一時数学を教えていただいていた先生が、定年後も非常勤で勤めていて、もう20年以上も同じ高校に勤めて、ちょっともういいかな、と照れながら話している様子が、キリっとして教えていた姿とギャップがあって、知らなかった一面をみた。これが同窓会なのかな。

そして、各世代で1人感想を書かなければならないのだが、ジャンケンになって、こういう時に限って勝ち残ってしまうという栄誉を頂、これから書かなければならない。夜の手紙にならないように注意しないといけない。

その後、同世代の人と飲んだ。来た人の多くは地元の公務員で、県庁、市役所といるのだがかなりの情報を共有していて、こういう世界もあるのだと知る。その一人は、私も親しい同級生の姉とつきあっていて、つきあっている当人は面識がないので、このネタ話に花が咲く。

小学校で転勤、中学卒業後も引っ越したので、家がすぐそばという彼とも今回初めて知り合った。親戚も近くにおらず、お盆休みというのに墓参りもしない。冠婚葬祭などの田舎の話を聞くたびに、そういった苦労と無縁なことの自由を思うのと同時に、根無し草だととも思う。

ただ、10年以上も前の何かの時に、自分は根無し草と言った返しだったかは記憶が曖昧だが、小学校のときに野球などでお世話になった方が、ここで育ったことを忘れるなよといった風のことを言われたことは覚えている。

***

小学校3年まで住んでいた函館時代の親友と、数ヶ月前にmixi同級生で「再会」して、今回の夏休みに会えませんかと、ドキドキしながら送ったメッセージの返事が今日あった。ずっと、mixiを見ていなかったということ。まあ、そうだろうね。

6年生の時に一度会っているので、17年ぶりの再会ということになるのだが、残念ながら今回は実現しなかった。でも、近々実現しそうである。これは本当に楽しみだ。

土曜日には、大学時代の友人と会う。こちらは、1年弱ぶりか。
こうして年をとっていくのだと感じる。
[PR]
# by taiji_nakao | 2012-08-16 23:17 | にっき
2012年 07月 24日
「男のロマン」についての考察
少し前に、戦後の時代小説が好きという人に勧められて「羊の目」(伊集院静)を読んだ。 とても強く、忠誠心の高いやくざが主人公の話である。
こういうのは、任侠ものというのだろうか。そういうジャンルがあるということを今まで知らなかった。
ただ、振り返ってみれば、観たことはないが、TSUTAYAなんかにも、ヤクザっぱいタイトルのDVDはいっぱいある。

本で出てくる象徴的なセリフはこんな感じである。

「ついていくと決めた人に命をかける。」
「あの人を悪く言う事は決して許さない」
「男の器量をあげる。」
「あの男が部下とは、うらやましい事だ。」
「お前がいれば、百人力だ。」

また、最後の方などは、主人公は無敵に近く、どんどん人を殺して伝説を作ったりする。

このノリはどこかでなじみのあるものだな、と思ったら、これは漫画ワンピースの空気感にそっくりである。
ワンピースは、ジャンプの王道を行くとともに、任侠ものの系譜を受け継いでいるようだ。
海賊とは海のギャングであり、ヤクザなんだから、ある意味当然かもしれない。

あからさまに醒めた書き方をしているけれど、この種の感覚をぐっと感じることは私自身もある。
おそらくは、群れの中でボスザルになりたいと思い続けた頃から脈々と続く、「男のロマン」なのだと思う。

こないだ海外旅行に行ったときに、ふとパスポートの最後のページの本人写真がある箇所の文章が目に留まって、
どういうわけか、そのとき、その文面をちゃんと読んだ。こう書いてある。

「日本国民である本旅券の所持人を通路故障なく旅行させ、かつ、同人に必要な保護扶助を与えられるよう、関係の諸官に要請する。」

その時、この一文を書いている明治の高官を想像して、ちょっとだけ胸が熱くなった。

その政府高官は、
「我々は貴殿が国外での大事な目的を、問題なく達せられるよう、関係の諸官に伝えておく。
貴殿も日本国を代表する事になるのだから、振る舞いには気をつけるように。」

みたいなことを考えている設定である。
なんとなくわかるでしょうか。。

ただこの、「男のロマン」はくせものだ。
視野が狭くなって独善的になりがちだし、
そのくせ、自分は選ばれし者なんだという発想を根底に持っていたりする。

ワンピースもそうだけれど、先の本を読んでいても、親分とオレの関係、あるいは、オレと誰それの関係が第一にあって、他の人たちの扱いはけっこう酷いシーンが多い。ワンピースのルフィの兄エースの救出作戦も、1人のために犠牲を出し過ぎであり、あんな作戦を実行する船長は最低である。

パスポートの例で言えば、文章を文字通り解釈しパスポートというものが登場した時代を想像するのは結構な事なのだろう。しかし、その妄想の中では、わざわざ、政府高官が私の旅立ちに際してコメントしているのだ。単なる一人の観光旅行者にそんなことを言う理由などない。実際には、外務省の職員が極めて事務的に判子を押すだけなのだ。

陰謀論の本とかあるいは高額な情報商材は、この「男のロマン」をくすぐっている商売だ。
歴史には事実としての陰謀はあるし、あまり知られていないが知っておくと良い事は存在するので線引きは難しいところもあるが、基本的にこの種の匂いがするところには近づかないようにしている。

「みんなは知らない真実」なんてフレーズで煽っているのはまず、アウト。
歴史は好きだし、そういう陰謀論を読んでみたい気持ちがあるのはわかっているけれど、そういう方向にこの「男のロマン」を肥大させたくない。

しかし、エネルギー源になることも事実だ。
それに、やっぱりロマンは持ちたい。夢とか、野望などともいうもの。

小説「プリンセストヨトミ」に、以下のようなセリフがある。

「女はね、知っていても放っておくの。また、男がアホな事してるなって。」

そういう風に見ることができる人が、自分も含めて身近にいれば大丈夫だと思う。
[PR]
# by taiji_nakao | 2012-07-24 21:33 | 本を読んで考え事
2012年 07月 08日
キュレーションは人がすると精度が高いならその人を支援するのが良いのでは
Twitterで自分のフォローワに声をかけてオフ会をしたという話を聞いた。その話の中で、この会は出会い目的ではないですからね、と念を入れた、というエピソードから連想したのが、

やってみよう研究所のブログ、
学生街のニュービジネス
いきなり声をかけて異性のマッチングを商売にしているという人に会った体験談。

オフ会の企画もそうだけれど、その場が良いものになるかはひとえにオーガナイザーのセンスと力量に掛かっている。

それで、そこからまた思い出したのが、
人材業界 と零細ブロガー【採用マッチングパーティーの人集め】
人材マッチングのビジネスは現在非常に高額だが、ある程度の力のあるブロガーは一定層を集める事ができる。
そんなブロガーが力を発揮すれば人材業界では価格破壊が起こるだろう、ということ。

これはそうなりそうな気がします。

同じ理屈で、結婚紹介サービスも変わるかもしれない。

ちょっとここに書くのは恥ずかしいのだが、以前、某大手の結婚紹介サービスに登録した事がある。
どんなシステムになっているか興味があったのと、広告のバナーはいかにも少しの情報を登録するだけで完了するようであったからなのだが、実際は相当に詳細な情報の登録を要求され、ちょっとやめようと思いつつ登録した、と言い訳。

そうしたら、郵便で資料が送られてきたのだが、中にあなたにマッチするであろうというA子さんの情報があった。
もちろん、匿名なのだが、住んでいる市町村、職業、年齢、そして身長までが書いてあり、なるほど、こうやって妄想、もとい、想像をさせてイメージを鮮明にしていくのだなと思った。

そのまま放っておいたら、おばさんから電話があった。
いかがですか、という営業電話である。システムとしては、その後に実際にこのおばさんと面談して自分の状況や望みなどを話すのだろう。そして、実際に紹介してもらうためには確か5万とか払う必要があった。行きませんでしたけど。

各種サポートのしくみがあると予想されるにせよ、このシステムの要はおばさんであろう。
だから、このブログの文脈で行けば、おばさん、個人紹介サービスとなる。こう書くと、昔から自然にあったことのようにもおもえる。
でも、人材系なら情報を持っているアクティブな人の元に若者(=転職候補)は集まるのは自然だが、このようなおばちゃんの元に自然に若者が集まる事はちょっと想像しにくい。
いや、「私は400組を成立させました」というカリスマが出てくるかもしれない。ちょっと気持ち悪いけど。

少し考えてみると、飲み屋の店主なら、このキュレーターというかコーディネーターになりそうななので、最近流行の街コンと組み合わせて、街コンの参加者のエントリーを店経由として、対象を絞って小さめに開催するとマッチングだけを考えるなら効果的かもしれない。

それともう一つ。これは先日のワークショップで自分たちのチームで話していたこと。

最近、キュレーションサービスというのがある。
TwitterやFacebookのIDを登録し、興味のあるキーワードを入れるとそれに関連するニュース記事を抽出してくれるものだ。
VingowやGunosy、Flipboard、Ziteなんかがある。
最近、私は、英語の学習も兼ねてZiteをチェックするのと、日本語のニュースはFlipboadでいずれもiPadからみている。Gunosyは登録すると毎日メールを送ってくる。
そこではTwitterやFacebookで、私のフォローしている人や友人間で話題になったニュースが中心に紹介されている。

Vingowなんかをみても精度はとても高いと思うが、しかし集めだすと情報はそれでもたくさんになるので、これらのキュレーションサービスから情報を拾ってフォローワーに渡すという形は理にかなっている。

佐々木俊尚さんのように、情報を探して紹介する事をしている人はいるが、佐々木さんクラスに有名どころだと、日刊佐々木新聞なわけで、フォローしている人にマッチするかではなく、フォローする人が佐々木さんの情報を欲しいと思うか、という世界。

ならば、フォローワーが関心を持つと思われる情報を収集し、キュレーターが自分のフォローワーがその中から自分のフォローワーが関心を持つ情報を抽出し、かつ関心のある人だけに情報を発信する、ということを支援できればなお精度の高い情報を取得できる。これは便利では。

ちょっとだらけましたが、

人材紹介、異性紹介、情報の配信
のどれも、人間(コーディネーター)が介した方が精度は高いので、
システムはそのコーディネーターを支援する方向に進化していくのもありなんじゃないかな、というお話。最後の結論は、以前少し手伝っていた、京都府内の地域SNSでの会議でも議論した内容なことを思い出した。
京結び
[PR]
# by taiji_nakao | 2012-07-08 12:41 | 考え事
2012年 07月 01日
世界展開は文化の伝播
Tech Waveという主にIT系のニュースサイトがあるのですが、そこが主催している

「Let’s give a toast in the world! あなたのプロダクトを、セカイへ!
〜 世界の入口、SXSWの魅力とその活用方法 〜」

というイベントに参加しました。

たまたまTwitterで流れているのをみて、なんかよくわからないが、登壇者が豪華そうだったので会費5000円だったけど参加したのですが、SXSWなるイベントも知らず、登壇者もほとんど知らなかったのですが、圧倒されました。

■South By Southwest とは?

音楽と映画、インターネットのサービスの3つの分野のコンペンション、巨大な見本市。

マネージメントやレーベル以外の音楽出版会社関係、ブッキングエージェント、ラジオ局関係者、ライブハウス関係者等、音楽に関係する仕事に携わる様々なジャンルから20,000人を超える参加者あり、日中は会場ホテルでのSeminar、パネル(勉強会)とTrade Show(見本市)夜は期間中5日間に渡り、1000組以上のライブが行われます。
SXSWは音楽コンベンションに加え1994年にはフィルム・フェスティバル、1998年にはインターネット時代を踏まえてインタラクティブのコンベンションもスタートし、3月の2週間にこの2つのフェスティバルが開催されています。
特にインタラクティブはその後参加者の数を急激に増やし、昨年はついに音楽を超えるほどの参加者を集め、毎年1億ドル近い経済効果をオースティンにもたらしています。

http://sxsw-asia.com/about.html

テキサス州のオースティンという街で開催され、期間中は街全体でイベントが開かれお祭り騒ぎになるということ。
街全体がお祭りになるので、どこで何をしているかの情報の共有方法が課題になるのですが、そこでTwitterが役立ち爆発的に普及するきっかけにもなったという。

IT関係でいうと、普段はメディアに出てこない人も含め、有名どころが大勢集まる。
また、投資家やGoogleなどの大手のマネージャー、トップも集まるのでここで注目されると話が早い。

そんなイベントに出展した企業、または類似の海外のイベント/コンペンションで発表してきた企業のトップたちが集まったイベントなのでした。これは熱かった。以下はそのメモです。

■紹介されたサービス

Beautecam.. 独自のカメラレンズをつけてiPhoneで自分の肌の写真を取ると、分析してどんなタイプなのかを教えてくれる。そして、自分と似た肌の人とつながり、使う化粧品の情報などを交換できる。

Beatrobo.. かわいい系のロボットアイコンをアバターにして、音楽をほかのユーザーとつながりながら楽しめるサービス(と理解)

Feel on!..Twitterのタイムラインのつぶやかれた内容を言語解析して、その時の感情などの情報を取得し、マンガで表現するTwitterクライアント。

ChatWork.. メールにかわるビジネスで使うコミュニケーション手段としてのチャットサービス。コピーは「メールの時代は終わりました」

Peatix.. 決済までできる、イベント管理システム。TwitterやFacebookと密に連携した集客効果も特徴。

Compath Me.. 「行きたいを 行くにつなげる。」あの人のおすすめのお店ならまちがいない、そんな人単位でフォローして、その人の行ったお店の情報を取得できる。そのお店の近くに来たときに知らせる機能もある。

■海外展開のお話

*日本語対応は、ローカライズのタイミングで
Beatrobo..音楽を使うサービスである時点で著作権の問題で日本では不可能。会社はアメリカにあり、現在動いているのは英語版のみ。近く、日本語に対応。

Compath Me..構想段階から海外のコンペンションで高く評価され、英語版からスタート。お店の情報なのでまずは都市部から。シンガポールなんかではユーザーが多いらしい。

*文化の伝播
Feel on!..マンガ文化、Beautecam..コスメ文化、Beatrobo..かわいい系(たまごっちをよく研究しているという事)と特に日本が強い分野を、そうした習慣がない地域に持って行く、という考え方。
ITの分野では、先進地アメリカで流行ったサービスをいち早く日本に持ってきて成功させる「タイムマシン経営」という言葉があり、Yahoo! Japanはそれを上手くやってきた会社とされているが、そうではなくて、他でも流行るであろう文化・習慣を、それがまだない場所に持ち込む、という考え方。

*伝播の方法論
コンペンションで発表すること。大勢の人が集まる場所で素早いフィードバックが得られる。

例えば、肌の写真をとるBeautecamは黒人の写真をとるとすべてシミと認識してしまった。そこで、対応版を開発。
Beatroboでは、iPhoneにつけるガジェットを開発しているが、当初1000円で考えていたが、アジアでは高すぎる。アジアでも、シンガポール、マレーシア、インドネシアではそれぞれ価格感が異なるなど。

ベンチャーでは信頼できる現地パートナーと組む事も重要。

コンペンションで手応えをつかむ → パートナーと組む → 現地に乗り込みコミットを強める
というような段階を踏む形がいいのではないか。というお話

*海外展開の考え方
アジアが狙うべきマーケットであるというのは共通認識。
最先端をシリコンバレーで学び、日本で開発し、アジアに売りたい(ChatWork)
欧米でブレイクさせた後に逆輸入という形で展開したい(Beauticam)

*画面設計の考え方の違い
日本は鮮やかな色に慣れている。地下鉄の広告など。日本人がみると、アメリカはもっと地味に見えるが現地の人に取ってはそれが目立つ色という認識。だから、色のチェックは日本版の時からやっている(ChatWork)
ミニマニズム。どれだけ情報を少なくするか、が大切。

■その他
*ガジェットで参入障壁
カメラレンズ(Beauticam)、ユーザー情報を持たせたかわいい端子(Beatrobo)

*強み
すべての企業について聞けたわけではないが、画像解析技術のBeauticam、
つぶやかれた文章を分析して、感情を読み取る言語解析が強みのFeel on!
Amazon社員が立ち上げたPeatixは、顧客対応重視が強みということで、それぞれに違いがあって面白い。

この他、大阪の会社、「人間」(会社名です)、「トンガルマン」(これも会社名)、「つながる科学研究所」のプレゼンもとてもユニークで面白かった。

こんなイベントを準備してくれた主催者に感謝。
[PR]
# by taiji_nakao | 2012-07-01 11:33 | 参加したイベント
2012年 06月 07日
AKB総選挙を見て思うこと
よく行っている定食屋というか居酒屋に昨日行ったらテレビでAKB総選挙なるものがやっていた。私が見たのは初めてでした。

本当に選挙みたいな構成になっていて、アナウンサーが大真面目に解説している。
選ばれたアイドルは泣きながら、ファンの皆様に感謝したい、とか、もっと成長したい、とかスポーツ選手みたいなコメントをしている。

正直、正視に堪えられなかったです。これは、シュール系の現代アート作品です、と言われたら納得できたけど。

ただ、AKBのメンバーが与えられた舞台の中で一生懸命やっているのはおそらく事実だろうし、涙もうそじゃないんだろうと思います。

だいたい、「感動して泣く」というのは万人受けするフォーマットのひとつなのでしょう。
高校のときの古典の先生が、歌舞伎をよく観に行くそうなんですが、歌舞伎の心中ものなんかがいいらしい。もう、だいたい筋書きとかわかっているわけなんですが、それでも泣いてしまう。で、すっきりすると。そんな話を聞いたことがあります。

特にテレビで、「感動して泣く」ということについては、昔からいろいろ言われているところです。
夏の甲子園しかり、箱根駅伝しかり。投手が4日とか連投するとか選手生命に関わるかことなのに、それを真夏にやらせるとか、あるいは、極端な山道で長距離を走らせるとかいうことは、これは実際のところどうなんだ、というのはあります。夏の甲子園については、これだけ夏の気温が上がってきた昨今はそろそろ変えないと危険になっているようにも思います。

それらの賛否はともかくとして、つらい環境の中でも一生懸命やって、それで勝ったり、あるいは負けたりする人たちをみて感動するのは、自然なことと思います。

だから、がんばってやってきた人が感極まって泣く姿にスポットをあてること自体は、まあよくあることなのでしょう。

でも、そのプレーヤーのコンテンツっていうのが、アイドル、つまり性産業なわけで。
私がAKBのメンバーをみるのは、コンビニに並ぶ週刊誌のグラビアです。判別できないですけど。

というわけで、私は、あのやり方には違和感しかないのですが、それなら見なければいいという話ではあります。

NAVERまとめに、仕掛け人である秋元氏のコメントで、アイドルが好きな人たちは昔から、プロデュースする人たちの目はなってないという不満があり、そこに目をつけた、というのがありました。
なるほど。確かに、自分のひいきのあの子が人気がないなんておかしい、って考える気持ちはよくわかりますね。

だから、そういうニーズにうまく応えたのが、あの総選挙、ということなんでしょう。

酒・女・ギャンブル、といったコンテンツは低俗であり追放すべきといった主張を目にすることもありますが、この種のエンターテイメントがない世界というのはちょっと考えられず、もしなかったらそんな世界は逆に怖いと思います。

* * * * *

ここからが今回の投稿の肝になりますが、私が言いたいのは、テレビ局が使っている電波を自由化してよ!
ということです。

今、かなり強い気持ちでそれを思っています。

イーモバイルのUSBタイプの回線を長く使っています。
で、接続がちょっと悪くなってきていて、何度か差し込んだりすることはあれども、まあ、使えていました。
ところが、先日、東京出張のその日から使えなくなってしまい、電波難民となって大変に苦労しました。

無料のWifiスポットというものはほとんどなく、数少ないひとつであるwired cafeのwifiを借りました。
が、ここも10分のみの利用で、一度使うと3時間は接続できない、という制限があります。
ので、一度使って、一つ用事を済ませた後に時間が経つのを待ってからまたそこに行って使う、ということをしなければなりませんでした。

もし、テレビ局が抑えている電波が自由化されればもっともニーズの高いインターネットに割り当てられることは間違いないでしょうから、この環境はかなり改善されるはずです。

で、なぜ、数少ないテレビ局が電波を独占しているかという根拠は、「公共性」にあるはずです。

ここで、AKB選挙に戻ります。

もう、議論の余地もないようにも思えますが、一応書いてみます。

まず、コンテンツそのもののに公共性があるかについて疑問です。

それと、商売のやり方にも公共性という言葉はそぐわないでしょう。
たくさんお金を払えば、たくさん投票できるとか、握手できるとか。

これは、箱根駅伝でいえば、人気のスポットで応援するためには有料にするとか、お金を払えば選手と握手できるとか、ゴールした選手と写真を撮れるとか、そういうことをやるということでしょう。
今のところ、その種のことをやっていないのは、箱根駅伝というブランドを守るためというのもあるのでしょうけれど、それはダメでしょという公共性を意識しているからだと思います。

今度、電波の議論でテレビ局が公共性を持ち出したときは、ぜひAKB総選挙のことを、投票のために買われて大量に捨てられたCDや週刊誌のグラビア写真と一緒に論じて頂きたいと思います。
[PR]
# by taiji_nakao | 2012-06-07 07:22 | 考え事
2012年 06月 02日
無理が通れば道理が引っ込む
そうならないためには、大飯が動こうがみんなが節電して電力使用量を激減させ、「原発はいらない」と言うしかない。「ないから使わない」のは、実は案外簡単だけど、「あるのに使わない」のは、かなりの精神力が要求されそう。だって、あるんだから。

というツイートを見てげんなりした。
私もどちらかというと、こういう発想をしがちな人間である。
人間って言うものは、「あるのに使わない」でいるのはかなり難しい。精神論だけでは多数の人は動かせない。もし、これが達成できるとしたら、精神論ではなく、毎日どのくらい節電できたとか、このペースで行くと原発なしで乗り切れそうだといった数字のフィードバックのある、ゲーム性があったときくらいだろう。

ちょうどゲーミフィケーションの記事があった。 日本人の得意領域・「ゲーミフィケーション」がやってきた!

だけれど、このためには電力会社の協力が不可欠だが、彼らにはその動機がない。
そもそも、電力会社は電気をたくさん使ってもらったほうが儲かるのだから。このことを悪いとかいいとか言うものではない。そのような仕組みをつくるのは政治の仕事であり、電力会社はその枠組みの中でのプレーヤーである。少なくとも建前は。あるいは短期間で見れば。

私がげんなりしたのは、しかし、その提案の実現可能性の低さではない。
論点をずらす、というテクニックにまんまと乗っているように見える点である。

今、最も問われることは何か。

現在問題となっている大飯原発(福井県)などの再稼動は、端的にいえば、「福島原発事故が起こった三月十一日以前の法律で、三月十一日以前の組織(原子力安全・保安院)が、三月十一日以前の手続きとルールで再稼動をしようとしている

Voice5月号の田坂氏の「再稼動しても、原発は必ず止まる」(PDF)より


上記内容がもっとも問題だと思うのだけれど、この点を問う声は案外少ない。
そして、原発推進派にはほとんどいない。しかし、田坂氏が主張するように、本当に原発を推進するならば、まず一番にしなければならないのは信頼回復のはずである。

これは何も原発事故に限ったことではない。不祥事を起こした会社は、まずお詫びし、原因を徹底調査し、再発防止策を制定するのは、ビジネスの常識だ。そうしないと倒産する。

もちろん、がんばっても信頼が回復できなければ倒産する。

トヨタのリコールなどを見ても一度問題として認識され、いわば炎上してしまったら、道理を説くよりも先に自分に少しでも非があるなら、まずそこを認めて、改善することに着手しないと事態は悪化する。たとえ、その要求があまり論理的でないとしても。

だから、どうして原発推進派として日々意見を表明する人たちは、「政府よ、もっとちゃんとしてくれ」と注文をつけないのだろう、とずっと不思議に思っていた。

でも、先のようなツイートやら、さっこんの夏の電力逼迫についてばかりが論点になる状況を見ていると、そうだよなあ、これで通ってしまうなら、抜本的なシステムの変更なんて手をつけたくないよなあ、と思います。

抜本的なシステムの変更というのは、大変です。
圧力は、必ずしも脅迫を意味していない。癒着や利権や利益誘導や保身でもない。
 もちろん、そういうものが圧力を生むことはあるのだろう。
 が、多くの場合、圧力は、悪意の無いところから生じる。しかも、圧力の種は、圧力をかけている本人たちがまったく意識していない動作の中に宿っている。そういう空気の中でわれわれは暮らしているのだ。

 原発が建っている町には、当然のことながら、原発で働く人々がたくさん住んでいる。彼らには家族がいる。友達もいる。同じ学校のクラスに、原発や関連の施設で働く親を持つ子が何人かいれば、クラスの雰囲気は、おのずと、原発に対して容認的にならざるを得ない。
 「臆病」や「ものほしげな心」がそうさせるのではない。われわれが生まれつき備えている「思いやり」や、「心遣い」や「惻隠の情」が、時に、ありのままの感情を口外することをさまたげるのだ。それどころか、圧力は、特定の出来事に対して、特定の感情を抱くという精神の自然な動きを抑圧する。

小田嶋隆のア・ピース・オブ・警句 卓袱台返して菅笠ひとり旅より



もう何年もこの国は原発の建設に邁進してきたので、もう日本中にいろいろな形で根を張っている。
そのかかわりの中で生計を立てている無数の人がある。それは、今原発を再稼動できないと電力代が上がって困るという人や、計画停電があると経営に支障がきたすという経営者もその一員なのだろう。そんな無数の人たちに、ゴメンナサイしなければならない。ちゃんと説明しなければならない。

その他にも整理しなければならないことは山ほどある。それは、たしかに大変でしょう。

わかりきっていたことなのだけど、「電力が逼迫するから、ハイ、再稼動」で全てが済むなら、それで済ませたくもなりますでしょう。

短期的に、今年はやむをえないから今までの枠組みで再稼動を容認させてください。
というロジックは、今となってはありなのかもしれません。そもそも、原発が稼動していなくてもこの国には大量の放射性物質があり、危険にさらされているには違いないのですから。

でも、それは短期的にやむをえないという話。
まず、その前に、福島で悲劇を起こしてしまった、防げなかった枠組みを抜本的に変える、という前提がなかったら、それはつまり、「あの事故はなかったことにしよう」ということであって、それは通らないでしょう。
通してはいけないでしょう。
[PR]
# by taiji_nakao | 2012-06-02 00:40 | 考え事
2012年 05月 26日
世界観とUXとゲーミフィケーション
京都大学情報学の同窓会は、超交流会と称していろんな人が参加できるイベントになっているのですが、今日そこに行ってきました。

パネルディスカッションやプレゼンのある、イベントです。
ゆるい感じがありながらも、講師は豪華でした。

午前一番の「大喜利」では、studygiftで大炎上してしまった家入氏も登壇者の一人でした。
「朝起きてツイッターをみたら、「しね」というメンションで埋め尽くされている」というコメントはなんともリアリティがありました・・・

いろいろな話があったのですが、キーワードのメモ

■世界観が重要
これは、孫正義氏の弟である孫泰蔵氏が強調していました。

・ゲーム開発の際にも徹底的に議論している。
・単純に見えるゲームでも世界観は滲み出るもの。

サービスだけでなく、どんな人が作ったのか、その人はどんなことを考えているのか、という点も重要だと家入氏。

■UX
UX(ユーザーエクスペリエンス=ユーザー体験)という言葉は使っていなかったですが、
家入氏がサービスを開発しているときに気をつけていること

・主人公とストーリーを考える
・使う身近な人を想像できなければやらない
 そういうユーザーはたくさんいるのかもしれないが、自分がやるべきではない
・その人に手紙を書くつもりで作る
 使う人がどういうストーリーを想像するか。
 どういう未来が待っているのだろう。
 どういう自分になれるのだろう。
・クルマのCM.きれいな彼女とかっこよく乗っている。
あのクルマを買えば、自分もそうなれるかも、とおもってしまう。
そういう風にいえること。

というのは、まさにUXですね。

それから、「説明しやすいか」というのもこれだけ情報多寡の時代では特に重要。
極端な話、短期勝負ならヤフーニュースの14文字で伝わるか。

■ゲーミフィケーション
株式会社ゆめみ 深田 浩嗣氏

Salesforceが、Facebookも社内で使っているというゲーミフィケーションを応用した業務用システムの「Rypple」を買収したという話もあり、、このゲーミフィケーションは気になる言葉だけど、なんとなくしか知らなかった言葉。

「利用者を動機づけるためにゲームで使われている要素をゲーム以外の領域に活用する」
という定義から始まるこのセッションは勉強になりました。

以下は私の理解。講演以外の内容も混じってます

つまり、ポイントは「動機付け」
モチベーション理論が根底にある。
人は、
 目的があり → 行動を自ら選択 → 達成感
を繰り返すことで、モチベーションを高く保つことが出来る。

これは、学習、仕事、健康管理とかお金の管理などいろんなことに応用できる。
今回は詳細はなかったけれど、ソーシャルゲーム業界ではこのノウハウがすごいということらしい。

ソーシャルゲームの運営は、「いかによりゲームを使ってもらい、お金を使ってもらうか」を日々考えており、考えているだけでなく、ユーザーの行動は全てトラッキングできるので、ユーザーの反応を見ながらあらゆる調整をし、また反応を見てを繰り返しているらしい。
そこには、ユーザー同士のやり取りも含まれる。

少し離れて、自分が仕事や勉強を集中できる環境づくりというのは多くの人が考えていることです。
朝、早く起きる。 図書館に行く。ちょっと疲れたら、栄養ドリンクで気合を入れる、というのもあれば、
会社単位でみると、簡単な朝礼を毎日やるとか、美人女性社員を積極的に採用するとか、いろいろあるわけです。

自己決定理論というのがあり、内発的動機付けと外発的動機付けがある。
外発的動機付け、つまり給料を増やすなどでもモチベーションを保てるが、考える要素の多い仕事の場合、内発的動機付けが重要になる。

すると、内発的動機付けをサポートする仕組みがあるとよい。

ゲームには、この要素が全てそろっている。
 目的があり → 行動を自ら選択 → 達成感
利用者をヒーローにする仕組み

祇園の例は面白かった。
昔から、祇園界隈でモテるためにはお金だけじゃなくて、「男らしいか」という、品格も問われた。
だから、そこに集う人たちは男を上げようとがんばった。
これはひとつのゲームであり、長く続いたことはこのゲームの有用性を物語っているのではないか。

なるほど。

人事制度でもいえることで、どのような環境を整えれば、モチベーションが望む方向にむかうか、という話である。
これは人から聞いた話だけど、ジャニーズのライブに行くと、家が近い人たちの席順を近くすることがあるという。そうすると、電車が一緒だったりして友達になる確率が上がる。当然、ファン同士が友達になれば、もっと来るようになるだろう。

そういうノウハウ。

これは、ある意味無意識のうちに誘導される、ということでもあるので、怖いところもある。

でも、だから即悪いということではない。人間が成長するには、成長できる機会にできるだけ飛び込めというとよく言われる。これも、そういう環境を設定しなよということ。
集中して勉強したいなら、みんな勉強している図書館にいくのは一手。


■まとめ
 *どんな考えで設計したかという世界観が大事。
 *サービスでは、ユーザー体験が大事
 *なりたい自分(組織)になる為のノウハウであるゲーミフィケーションは、サービスのひとつの鍵となる

ゲーミフィケーションはある意味誘導なので、今後、いっそうどんな世界観を持っているのかということが重要になりそうだ。
[PR]
# by taiji_nakao | 2012-05-26 22:39 | 参加したイベント
2012年 03月 14日
第1回 UX Kyotoに参加しました
UB(ユーザービリティ)、UX(ユーザーエクスペリエンス)はずっと最も関心のある分野だったのだけれど、勉強会はあまり開催されていなくて、ようやく先週の土曜日に初めて参加しました。

予想を超えて素晴らしかったです。

まず講師の浅野智先生が、実際にたくさんの事例をお持ちで、話も面白くわかりやすかったです。
初めてのUXの勉強会の講師が浅野先生だったのは幸運だったと思います。

参加者も意欲的な人が多く、とても有意義な会でした。

いろいろな気づきがあったので、そのメモです。
念のために注意書き。ほとんどが講義の内容ですが、一部の言葉の選択に私個人の意見も混じってます。

UB からUXへ
 ISOの規格も変わった。使いやすいということから、ユーザーにより良い体験をもたらすことが重要に。サービスには、「気持ちよく使えた、嬉しかった、面白かった」が求められる時代に

モバイルファースト
インターネットに初めて触れるのはモバイルで、使うのもモバイルのみという状況が、発展途上国やあるいは、若い世代にある。インターネットの利用の考え方がパソコン利用世代とは異なる。また、情報探索のリテラシーが低い。

パソコン時代のウェブサイト/ウェブサービスは、検索するなどしてそのページにやってくる、というものだったが、目的別のアプリを使う。知っているアプリで実現できないなら、あきらめてしまう。

ペルソナとシナリオ
ペルソナはユーザー像で、シナリオは実際にそのサービスを利用するシナリオ。
ペルソナを持っていますなんて話をよく聞くが重要なのはシナリオである。
サービスは、「特定のユーザーによって特定の利用状況で」利用されるものであり、これをはっきりさせなければ評価もしようがない。

シナリオは2種類ある
アクティビティシナリオとインタラクションシナリオ。
アクティビティシナリオは、ユーザーが必要としていること。目的。
例えば、町でばったり知り合いと会って、一緒にご飯を食べにいくためにお店を決める、というのがアクティビティシナリオで、インタラクションシナリオは、スマフォで食べログアプリを開いて検索する、というもの。
インタラクションシナリオは時代によって変化する。雑誌をみて調べたかもしれないし、明治なら新聞に載っていたお店にするかもしれない。
しかし、アクティビティシナリオは変わらない。

デバイスの変化が激しい近年はいっそう、アクティビティシナリオと、そのペルソナについての理解こそが重要になっている。

アクティビティシナリオはコンテクストが重要
テーマにウェブサイトを与えられて、そのサイトを利用したアクティビティシナリオとインタラクションシナリオを作り、他のグループから被験者を呼んで、アクティビティシナリオだけを見せて、どのように使うかを観察した。

私たちのグループは、京都市全体の図書館のサイトで、当初、アクティビティシナリオを「最近京都に引っ越してきた。知り合いから、司馬遼太郎の「新選組血風録」がいいと勧められたので借りようと調べて、最寄りの図書館へのアクセスを調べる」というものだったが、浅野先生からは、面白くない、それなら、「会社の同僚で気になっている女性が、歴史好き、歴女であり、どうも幕末、特に新撰組沖田総司が大好きらしい。彼女と話ができるように沖田総司とその周辺の知識をおさえられる本を図書館で借りたい」がいいんじゃないかとコメント。

このコメントから、アクティビティシナリオは意味付けであり、文脈であり、コンテクストということを理解しました。
ものだけでなくて、コトづくりが大事なんて聞きますが、いかに実際にユーザーが日々体験しているアクティビティシナリオを作れるかが重要。一方で、そのシナリオはそれなりに汎用性のあるものでないとマッチする人が少なくなってしまうから難しくもある。

アクティビティシナリオからインタラクションシナリオをつくるのがデザイン
実現したい目的(アクティビティシナリオ)から、インターフェースの構成要素(ボタンなど)を活用した解決手順(インタラクションシナリオ)を設計することこそがデザインである。

ローカライゼーションとはアクティビティシナリオを別々に準備すること

>>
アクティビティシナリオとインタラクションシナリオを分けて考えるなど、その言葉は知らないが実践していたことはあり、やっていることが間違っていなかったという思いと、洗練された方法論を学ぶことでもっともっとブラッシュアップできることをはっきりと認識できました。

個人で参加するだけでなく、UXの関西コミュニティが盛り上がるようなお手伝いもしたいと思っています。
[PR]
# by taiji_nakao | 2012-03-14 07:16 | 参加したイベント
2012年 02月 04日
自己実現という言葉の違和感と価値観について。大切なのはおおらかさ
「個性」、「クリエイティブ」、「ユメ」、「自己実現」、「本当の自分」、「自分らしさ」といった言葉は、就職活動における「自己分析」などという言葉とともに、喧伝されている。

私などは見事に、この時代の空気を吸ってきたように思います。今の自分の仕事の仕方は、そんなカテゴリがあるなら、たぶん「ユメに向かってがんばって(あくせく)働いている人」ということになるでしょう。

が、しかし、これらの言葉に対する違和感もあって、それって何かな、ということを考えていたら、価値観に対する考え方がポイントのように思えてきました。

というわけで、価値観というテーマで考えてみたことです。

1.人は人です、が基本

みんなが嫌うものが好きでも それでもいいのよ
みんなが好きなものが好きでも それでもいいのよ
 -星野源 「日常」の歌詞

 
最近、星野源がいいなと思うのだけれど、特にこの歌詞が好き。後半の部分に時代性を感じます。
要は、人は人ってことですね。

2.自分にとっての「ダメ、ゼッタイ」は何か

覚せい剤をやめようというポスターのコピーで、これは頭に残っています。
その通り、覚せい剤は問答無用で「ダメ、ゼッタイ」です。
売人が儲かるだけで、他の関係者はほぼ100%不幸せになるので。

でも、タバコは? お酒は? パチンコは?となると、みんながみんな「ダメ、ゼッタイ」ではないです。
やめることで関係者が本当に幸せになるかはケースバイケースでしょう。

最近、糸井重里さんが禁煙に成功した秘訣として「おっぱい理論」を語っているのを知りました。
これが、おっぱい理論だ!

かいつまんで言えば、

目の前にスレンダーな女性がいたら、男だったら、「××してみたい」と思うわけです。思うわけですが、見ず知らずの彼女のおっぱいを触わることはない。「一度だけ」とかありえない。そんなことをすれば社会的信頼が地に落ちるから。禁煙も、「一回だけなら」とか思ったダメで、同じように一度でも手を出したらダメ、そう思ったらやめられたんだ。

というようなお話。さすがに、糸井さんの話はうまい。なるほどだ。

この話を読んで思ったことが2つ。

1)何にこの理論を応用するか

世の中にあふれている自己啓発本の多くは、あるいは安易に「みんな成功できるんだ」とか主張するセンセイは、いってみれば、この「おっぱい理論」をすべての事柄に当てはめれば、みんな成功者になれるんだ、と言っているようなものだ。

もちろん、そんなことはできない。正直に告白すれば、同じようなことをやろうとしたことがある。
やるべき目標のリストをつくる。10個とかもっとでてくるわけです。
睡眠時間を削って、いつもてきぱきして、英語の勉強をして、いろんなところに顔を出して・・・・(昨日までできなかったことだけど)今日からやろう。

って、できません! 人間、そんなある日突然変わりません。
そもそも、人間のキャパシティーには限界があるので、なんでも「これをするとは、チカンをするようなものだ」なんて思っていたところで、守れっこない。

だから、何に当てはめるのかが大事で、伝家の宝刀のようなものだろう。逆に言うと、喫煙者にとっての禁煙とは、それほどまでの一大事ということなのかもしれない。

自分にとって問答無用で「ダメ、ゼッタイ」とは何か、と考えることが自分が大切にしたいこと、価値観を知ることになると思う。

2)でも、破ってしまう人もいる

そんな人は、現実にいますね。「やろうと思えば」簡単ですね。電車にも女性はたくさんいますよね。
ふと魔が差す、なんていうみたいですね。怖いですね。
でも、人間ってそういうもんなんでしょう。

だから、ずっとまっとうに生きるって、それだけで偉いことだと思います。

破ってしまったときの潜在的な精神への影響を考えると、「おっぱい理論」は取り扱い注意なのかもしれないです。

3.対極の価値観を持つ人がいることをちゃんと理解して

テレビはほとんど見ないわけですが、いつだか、秋葉原で殺傷事件が起きた頃、こんな番組を見た。

事件現場に供えてあったお菓子を路上生活者の人が取って食べていた。レポーターは「何しているんですか!」と迫る、あわてて逃げ出すおじさん、揺れるカメラ。その画面に厳しい表情をしたタレント、評論家の顔が映る・・・


職が無く路上で生活する人が、道端に食べられるものを見つけたときにそれを食べるのは、冬になったら寒いのと同じくらい自明なことだと思うのだけれど、番組では糾弾していた。

そして、同じ場面を別の角度から報じる番組について、ちょっと意地悪な想像をした。

長年、一生懸命働いてきたが、不況のため、解雇された。家は売り払い、家族は出て行ってしまった。途方にくれて路上で数日間過ごしていた。なけなしのお金は、取られてしまい、ろくなものも食べることができなくなっていた。そうして歩いていたら、お供え物がおいしそうに置いてあった。

申し訳ないと思いながら、それを口にする。(画面では、涙目になったグラビアアイドルが映っている)久しぶりの食べ物に感動していたら、いきなり叫ぶ人がやってきた。「何しているんですか!」カメラも一緒だ。テレビらしい。必死で逃げた。
(その様子を糾弾する番組が報じられていることを知らせるナレーション。そして、「私たちは、経済発展とともに、大事なものを失ってしまったのかもしれません」)


中立などありえないわけです。
基本的には、「人は人」です。見ず知らずの路上で暮らす人、暮らさざるを得ない人に対して、私が言えることなどほとんど無い。

が、自分とかかわりが深く、自分の価値観にそぐわないシーンに出くわすことがある。
そんなときは自分の価値観を表明して、相手にアクション(改善など)を求めたいと思う。

でも、それはかなり重いことだと思った方がいい。

上の番組の例で言えば、どっちがどうとか、言えないでしょう。
後半は私の創作なので、本当は単なる酔っ払いの仕業かもしれませんが、それでも、それぞれの人生なんですから。見ず知らずの他人を(顔を隠しているとはいえ)何百万人の面前で糾弾する権利など無い。

一方だけの視点に立てば楽です。

当事者であるならば、ある程度それは仕方が無い。
当事者なのだから。でも、そうじゃない人は、安易にとやかく言えることではない。

どうしても言わなければならないなら、その反対側の痛み受け止めた上で、言うべきだ。

「あなたがいくらお腹が減っていたとしても、そのお供え物は食べてはならない」
それが、そう主張する人の「ダメ、ゼッタイ」であるなら、むしろ、そう言える環境であるほうが良い。

そして、私にとっては、そう主張する人もまた第三者であり、その人がそのような価値観を持つことを尊重します。

ただし、法規制をどうするか、とか言う話はまた別の話ですが。

4.大切なのはおおらかさ さめた視線を冷静に受け止める

【就活風刺】面白すぎるTwitterの”意識の高い”動物たち

というのが良くできていて、面白かった。
私が学生の頃にもよく遭遇した「意識の高い」学生の特徴を捉えている。
今回のテーマである、「自己実現」系の言葉を追いかけるタイプの学生で、
その特徴を見ていけば、私自身もそのカテゴリに入っていたのだろうとは思います。

この種の風刺がいいのは、ストレートにはいえないことも表現できるところです。
本人にもその方が伝わることもある。

注意すべきなのは、どんなことでも、こうやって風刺できてしまうことです。
これは、風刺に限ったことではなくて、人間のすることなど、なんとでも表現できるということだと思います。
「ものは言いよう」です。

例えば、スポーツのバスケットボールを「玉いれ」とか言って揶揄することもあるようです。実際には、リアルで聞いたことは無く、漫画スラムダンクの知識ですが・・・

確かに、ゴールにボールを入れて得点することを目指すわけなので、「玉いれ」には違いない。
フリースローのシーンしか見たことが無い人なら、「玉いれ」って言われて別に違和感を覚えないかもしれない。

ものすごく多様な社会になっていて、スポーツも文字通りごまんとある。存在すらほとんど知られていないスポーツも山ほどあるでしょう。

スポーツ間の競争も、それだけ激しい。だから例えばバスケが大好きで、もっと普及させたいと思っているなら、「玉いれ」とか何と言おうとも、そうやって関心を持ってもらえただけでもありがたいと思うべきなのだ。

それは自分の生き方や価値観にしても同じだと思う。
異なる視点から言われたら、まずはつまらないと感じるのが人間だと思う。揶揄されたと思うかもしれない。

でも、人の価値観について、他の人が興味が無いのは自然なこと。
だから、平然として、「そうだなあ。玉いれだよなあ。でも、玉いれって、めちゃくちゃ面白いんだぜ。」って言っていたい。

現代は「当たり前」がなくなってしまった。宗教にしても、家族制度などにしても。
だから、今まであったものを「やっぱりいいよね」「いや、違うと思う」といちいち考えないといけない。
あるいは、考えないといけないシーンに出くわす。

社会学では、再帰的、という言葉を使うらしい。
再帰的に評価する、などと。

これは、贅沢な悩みではある。何しろ、先人たちを縛り付けてもいたものから自由になったのだから。
一方で、とても面倒である。

そんな時代に特に必要なのは、おおらかさだと思う。

ここまで書いてきて、

「個性」、「クリエイティブ」、「ユメ」、「自己実現」、「本当の自分」、「自分らしさ」
といった一連のフレーズに対する違和感は、こういう言葉を好き好む人が、往々にして、
結構たくさんいる、彼らの主張に当てはまらないと思われる人に対するまなざしに、おおらかさがないことに由来しているかもしれないと思った。
[PR]
# by taiji_nakao | 2012-02-04 13:40 | 考え事
2012年 01月 14日
人口の流動性が高い時代のコミュニティ(1)
先週、京都シェアハウスサミットというイベントに参加しました。

コンセプトを先に決めて、その後に住む人、住む物件を決めるという流れをサポートするサービス、コリッシュの代表小原氏と、京都の6つのシェアコミュニティ(共有オフィスも含む)の人たちが参加するイベントでした。

コリッシュのサービスは非常に刺激的でした。
たとえば、トキワ荘プロジェクトでは、漫画家志望の人だけが一緒に住むスペースが提供されています。
本気の人限定で、すでに最低ひとつの漫画を書き上げていることが入居条件の一つということです。

この他にも、農園つきの家で毎週、農家の方を呼びつつとれた野菜でパーティーをするシェアハウスなど非常に興味深い事例が盛りだくさんでした。

また、シェアハウスの住人、管理人の人たちと話していて、非常に面白かったです。

イベントについては、以下のページが詳しい報告があります。
1/8 京都シェアコミュニティサミット、開催しました

私自身は、大阪の一般的なマンションに一人暮らしですが、京都のシェアハウス「お結び庵」には月に一度くらいは泊めてもらっていて、とてもお世話になっています。

このイベントを契機に考えたことを、まとめてみます。

近所づきあいが変わったことの根底にあるもの

 モラルの低下という話なのか

 私は住んでいるマンションの人たちとは全くといっていいほど交流がありません。引っ越したとき、結局挨拶のしなかったですし、ごくまれにすれ違うときも、軽く会釈するか、しないか程度です。

 大きな声で挨拶する、引っ越したら何かとお世話になるんだから、挨拶する、というのはマナーのひとつと言われてきました。なので、私はマナーがなっていない、と言われてもしょうがないとは思っています。

 でも、以前は当たり前だとされていること、あるいは、田舎では当然とされている、挨拶だとかを含めた近所づきあいがなくなってきているのは、「モラルが低下したから」なくなってきていると言えるのかは疑問に思います。

 鶏と卵のような話ですが、私が今まで読んだり聞いたりした中で一番納得したのは、人口流動性が高くなったことが原因、という説明です。

  うるさい飲み会を静めるモチベーション
 
 Aさんがすんでいる家に、Aさんのお兄さんが友達数人を連れて遊びに来て、飲み会をはじめたという状況を想定してみます。AさんもAさんのお兄さんの友人たちと面識があり、一緒飲んでいる、というような想定です。

 さて、深夜にもかかわらず、若いAさん兄弟と友達で盛り上がってしまったとします。Aさん、ちょっとタイミングを見計らいつつも、「もういい時間なんで、ちょっと静かにお願いします。」みたいなことを言うでしょう。
しかし、よくあることですが、10分もするとまた騒がしくなってくる。

 ここでのAさんが注意するモチベーションを考えてみます。

その1として、Aさんが生まれ育った土地で、いわゆる実家だったとします。Aさんの祖父の世代からこの土地に住んでいて、両親も近くに住んでいる。Aさんもずっと住むつもりだし、その子供、孫もこの土地に住むであろうという場合。

その2は、Aさんは都会で暮らしている。1年前に引っ越したが、2年契約で更新時はもちろん、その前に他に引っ越すかもしれない場合。

1と2では、注意するモチベーションは、全く違ってくるのが人間というものでしょう。

その1のケースの場合、ずっと生活する自分はもちろんですが、自分の親や祖父、下手をすれば子供にまで悪影響が出る可能性があります。静かにさせるでしょう。

しかし、その2のケースでは、隣人たちとは数ヶ月後には別れる可能性が高く、そして、おそらく一生会うこともないのです。

あまりいい例でないかもしれませんが、しかし、これはあらゆる「近所づきあい」と呼ばれるものに共通します。例えば、旅行へ行った時のお土産を買うか、なども同じ構図にあるでしょう。何世代にもわたってお世話になる人と、数ヶ月後には二度と会うこともない人とでは、相手にコミットする動機が変わるのが人間というものです。
(つづく)
[PR]
# by taiji_nakao | 2012-01-14 18:00 | コミュニティ