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2012年 07月 24日
「男のロマン」についての考察
少し前に、戦後の時代小説が好きという人に勧められて「羊の目」(伊集院静)を読んだ。 とても強く、忠誠心の高いやくざが主人公の話である。
こういうのは、任侠ものというのだろうか。そういうジャンルがあるということを今まで知らなかった。
ただ、振り返ってみれば、観たことはないが、TSUTAYAなんかにも、ヤクザっぱいタイトルのDVDはいっぱいある。

本で出てくる象徴的なセリフはこんな感じである。

「ついていくと決めた人に命をかける。」
「あの人を悪く言う事は決して許さない」
「男の器量をあげる。」
「あの男が部下とは、うらやましい事だ。」
「お前がいれば、百人力だ。」

また、最後の方などは、主人公は無敵に近く、どんどん人を殺して伝説を作ったりする。

このノリはどこかでなじみのあるものだな、と思ったら、これは漫画ワンピースの空気感にそっくりである。
ワンピースは、ジャンプの王道を行くとともに、任侠ものの系譜を受け継いでいるようだ。
海賊とは海のギャングであり、ヤクザなんだから、ある意味当然かもしれない。

あからさまに醒めた書き方をしているけれど、この種の感覚をぐっと感じることは私自身もある。
おそらくは、群れの中でボスザルになりたいと思い続けた頃から脈々と続く、「男のロマン」なのだと思う。

こないだ海外旅行に行ったときに、ふとパスポートの最後のページの本人写真がある箇所の文章が目に留まって、
どういうわけか、そのとき、その文面をちゃんと読んだ。こう書いてある。

「日本国民である本旅券の所持人を通路故障なく旅行させ、かつ、同人に必要な保護扶助を与えられるよう、関係の諸官に要請する。」

その時、この一文を書いている明治の高官を想像して、ちょっとだけ胸が熱くなった。

その政府高官は、
「我々は貴殿が国外での大事な目的を、問題なく達せられるよう、関係の諸官に伝えておく。
貴殿も日本国を代表する事になるのだから、振る舞いには気をつけるように。」

みたいなことを考えている設定である。
なんとなくわかるでしょうか。。

ただこの、「男のロマン」はくせものだ。
視野が狭くなって独善的になりがちだし、
そのくせ、自分は選ばれし者なんだという発想を根底に持っていたりする。

ワンピースもそうだけれど、先の本を読んでいても、親分とオレの関係、あるいは、オレと誰それの関係が第一にあって、他の人たちの扱いはけっこう酷いシーンが多い。ワンピースのルフィの兄エースの救出作戦も、1人のために犠牲を出し過ぎであり、あんな作戦を実行する船長は最低である。

パスポートの例で言えば、文章を文字通り解釈しパスポートというものが登場した時代を想像するのは結構な事なのだろう。しかし、その妄想の中では、わざわざ、政府高官が私の旅立ちに際してコメントしているのだ。単なる一人の観光旅行者にそんなことを言う理由などない。実際には、外務省の職員が極めて事務的に判子を押すだけなのだ。

陰謀論の本とかあるいは高額な情報商材は、この「男のロマン」をくすぐっている商売だ。
歴史には事実としての陰謀はあるし、あまり知られていないが知っておくと良い事は存在するので線引きは難しいところもあるが、基本的にこの種の匂いがするところには近づかないようにしている。

「みんなは知らない真実」なんてフレーズで煽っているのはまず、アウト。
歴史は好きだし、そういう陰謀論を読んでみたい気持ちがあるのはわかっているけれど、そういう方向にこの「男のロマン」を肥大させたくない。

しかし、エネルギー源になることも事実だ。
それに、やっぱりロマンは持ちたい。夢とか、野望などともいうもの。

小説「プリンセストヨトミ」に、以下のようなセリフがある。

「女はね、知っていても放っておくの。また、男がアホな事してるなって。」

そういう風に見ることができる人が、自分も含めて身近にいれば大丈夫だと思う。
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by taiji_nakao | 2012-07-24 21:33 | 本を読んで考え事
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